「どうしたんだ なんかよそよそしいよ」
「だって 部長になったら存在が遠いもん」
「そんな事無いよ 今までと一緒だよ」
「そうだといいけど 心配で」
「そんなに心配か?」
「ええ だってこれから行動範囲が広がるでしょ」
「それはそうだけど 銀座が中心だよ」
「あなたの仕事が成功すればするほど
私からどんどん離れていく気がしているの」
「思い過ごしだよ さあ気分を治して食べようよ」
「そうね 折角のお刺身がまずくなってしまいますからね」
「そうそう 今度ゆっくり来よう」
丁度ビールを呑み終わった頃に新しいビールと
活き造りの盛り合わせとえびのてんぷらが届いた
脇には丼にシャリが盛られ 丼でも食べられるようになっていた
新鮮な具はシャリに乗せても美味しく
たれをヌルると一層箸がすすんだ
神山は箸を置きビールを呑もうとした時に由香里を見たが
今まで見た事が無い上品さで口に運ぶ仕草を見とれた
着物姿を注文しこの場所で会食をしたいと想像していたら
「ねえ あなた なにを見ているの さっきから」
「いや 着物姿の由香里を想像していてさ それで」
「いやだわ 恥ずかしいですよ」
由香里はほほを薄桜色に染め恥ずかしそうに俯いた
少しの沈黙の後に襖が開き
「食後のデザートです」
店員はメロンなどのフルーツ盛り合わせを座卓に並べお辞儀をした
襖を閉める前に竹の短冊を神山の脇に置いて出て行った
この時 神山が『あとで』と言えばその日の清算ではなく
次回来店した時に支払う事ができたが
今日は会計を済ませる事にしていたので竹の短冊を受けとった
デザートを食べ終え腕時計を覗くと2時30分を少し廻っていた
座敷を出た通路の真中にある会計で竹の短冊を渡し清算をすると
2時30分を少し廻っていた
催事課の事務所に着いたのは3時にはまだ余裕があったが
神山の到着を心配していた杉田が
「こんにちわ 心配していました」
「いや ごめんごめん 美味しい寿司を食べていたから」
「そんな 僕が一人で会議に出るのかと心配していました」
「大丈夫だよ 翔が一人でも」
「おう 翔 一人で行ってこいや」
「そんな 倉さんまで 苛めないで下さいよ」
「しかし 山ちゃん 頑張っているな」
「まあ 大変ですけど 倉さんにご迷惑をおかけして」
「おう だけど翔は少しは大人になったぞ」
「そうですか よかった」
「また 二人で苛めないで下さいよ」
「そうよ この頃随分と男になってきたわよ」
「斉藤さんまで でもいいや 由香里姫に誉められて」
「そうがんばんなさい 神山さんのように」
由香里は多少のお酒では顔には出ないが今日は神山に
誉められた事が合ったせいかほんのりとほほに出ていた
「おう 由香里姫に誉められたら 頑張らないといかんぞ」
「翔 そろそろ行こう」
神山は会議の時間が迫ってきたので杉田を連れ出した
会議室に入ると催事担当の課長や係長が半数近く出席をしていた
神山たちの席はコの字型になっている議長の横に座る事になっていて
杉田は議長の横に神山を座らそうとしたが
神山は議長の横に杉田を座らせた
あくまでも催事の中心人物を杉田になってもらいたかった
3時になり全員が揃うと販促課長の説明が始まり
売場担当の確認作業が一通り終った
催事課の会場装飾 什器搬入などの説明が終ると
売場から質問が寄せられたが杉田は補足説明をしながら
なんなくこなしたが 商品陳列が当日間に合わない売場から
「現場でハンガーの掛け替えや商品の置き換えは時間的に難しい」
これには杉田も少し考え 神山を見てみたが
自分で考えて答えを出しなさいと 目で合図をした
少し戸惑っている杉田を見て 販促課長も
「催事課さん どうしますか」
杉田はいよいよ余裕を無くし考えあぐんだ時 神山が
「うちとしては この会場に什器の事前搬入は出来ませんが
こうしたら如何でしょうか
店外催事の1週間前に流通センターに什器を運ばせます
そこにメーカーから来た商品を検査検品しながら掛けていけば
殆ど問題は無いと思いますが 如何ですか」
「そうですね しかし1週間の間保管はどうしますか?」
「それは 空き部屋に保管しておけば問題ないでしょう」
「そうですね センターさん お願いできますか」
「ええ 一つくらいは開いていますから大丈夫ですよ」
販促課長が
「では 同じように当日陳列時間が無い売場はないですね」
各担当が大丈夫と言うのを見て
「では催事課さん スポーツ用品売場のハンガー什器は
流通センター納品でお願いします」
杉田が 神山を見て
「はい 分りました」
販促課長が
「今回催事担当は 神山部長でしたが
今後 横にいる杉田係長が担当します
従いまして これからは杉田係長まで ご連絡ください
それと お手元に配りました会場図面の訂正は無いでしょうか」
会場図面の中には什器備品の配置やレジスターの位置
コーナー看板など準備するもの殆どが網羅されていた
各売場担当者が図面を見て質問がないようなので 杉田が
「什器など変更は1週間とさせて頂きます」
そう言ったあと神山を見ると頷いてくれた
「では これで店外催事の会議を終了します」
杉田が
「先輩 ありがとうございます 助かりました」
「何言っているんだ 当たり前だよ」
それを聞いていた販促課長も
「いや 神山部長にはいつも助けられて ありがとうございます」
「さあ 翔 部屋に戻って来週の打ち合わせをするか」
「はい お願いします」
会議室の棟と催事課の入っているビルとは多少離れているため
外を歩かなければいけなかった
「翔 良かったぞ 今日の説明 大したもんだ」
「先輩が傍に居てくれたから 安心していました」
「おだててもだめだ 今度は一人で行きなさい」
「ありがとうございます がんばります」
「そうしたら そこのレイでも寄って行くか」
「大丈夫ですか」
「大丈夫さ 何かあったらこの携帯が鳴るから」
「では ご馳走様です」
杉田と神山は喫茶レイで今 終った会議の今後を打ち合わせした
催事課のメンバーは会議室の帰りには殆どこのレイを利用していた
だから緊急の用事のときでも店内放送で呼び出しをするより
レイに電話をしたほうが探し出せた
「ねえ 別れる事を課長から聞いたけど 本当なの?」
「はい ご心配を掛けました 別れます」
「しかし分らないわね あんなに一緒になると言っていたでしょ」
「ええ しかし家内に分ってからは、、、」
「当たり前でしょ 奥さんの事 可哀相だと思わないの?」
「はぃ」
「なんで別れる気になったの?」
「家内の親が出てきて たっぷりと絞られたんですよ」
「それだけ?」
「あと、、、別れるとなったら慰謝料を請求すると言われたんです」
「それだけなの?」
「あと 子供が成人するまでの養育費などもろもろです」
「だって 市川さんはそこは 覚悟をしていたわけでしょ」
「えぇ しかし父親から言われ反省をしてしまいました」
「へぇーそんな簡単な愛情だったんだ」
「違います と言ってもどうにもならないですよね」
「当たり前じゃない 浮気して子供作ったら大変でしょ」
「だけど 愛しているんです」
「あなたの愛は 純粋じゃないのよ」
「なんでですか」
「当たり前じゃない 奥さんが居るのに」
「だけど、、、さやかを愛しています」
「その覚悟があったら さやかさんを選べばいいでしょ」
「しかし 僕にはそんな大金を払えることが出来ないし」
「だったら 最初から付き合わなければいいでしょ」
「えぇ、、、」
「それで さやかさんはどうするの」
「えぇ まだ産むと言っていますが 彼女のお兄さんと二人で
出産を止まるよう話をして説得しています」
「そうね お兄さんから言われれば少しは考えるかもね」
「今夜も行って説得する事になっているんです」
「えっ まだ逢っているの?」
「いえ 今夜が最後です 皆に誓いましたから」
「その方がいいわ 早く楽にさせてあげないとだめよ」
「今夜はお兄さんと一緒で 説得をしてお別れです」
「その方がいいわね しかしお兄さんよく許してくれたね」
「はぃ 最終的にはお金で別れます」
「どうするの そのお金?」
「恥ずかしいのですが
奥さんのお父さんが出してくれる事になりました」
「でも 一段落だけど さやかさんが可哀相ね」
「ご心配掛けました すみません」
「だけど これから奥様を大切にしないとバチが当るわよ」
斉藤由香里は市川と小松さやかの事を事細かく聞いていた時に
マスターが
「市川さん 課長から電話で
すぐに戻ってきて下さいと言っていました」
「はい 分りました」
「では出ましょうか」
由香里と市川が出ようとすると
入り口付近に 杉田と神山が座っていた
4人はその時にお互いが何の為にここに居るのか分った
「やあ由香里姫 大輔 大変だったな」
「うん だけど解決したよ 詳しい話は 後で又」
「うん 分った大切にしろよ かあちゃん」
「わかった じゃあ先に失礼するよ」
「私も 部屋に戻ります」
「うん 僕らももう少ししたら戻る」
「はい 分りました」
斉藤由香里と市川は神山らを残しレイを出た
「どうしたんですか 先輩」
「例の市川の件だけど決着がついたと言う事さ」
「そうなんですか」
「そうだ だから口にチャックだ 分ったか」
「はい 分りました」
「そうしたら この店外催事は大丈夫だな」
「ええ ここまで教えて頂いたのですから 大丈夫です」
「うん 安心するよ では出ようか」
「そうですね 残りも打ち合わせをしないといけないし」
「そうだな」
神山は席を立ちカウンターで会計する時に時計を見たら
ちょうど5時30分をさしていた
扉を開けるとまだ薄く日が差していて
これからご出勤のクラブの女性達が目立ってきた
この時間のご出勤はまだまだ下っ端の女の子達で
売れている綺麗どころはまだまだ先の時間にご出勤だった
神山が女の子達を見ていると携帯がなった
杉田に
「先に戻っていてくれ 電話が終ったら戻る」
「はい わかりました」
「はい神山ですが」
「私 久保です 今大丈夫ですか」
「うん 大丈夫です」
「今夜の新幹線ですが 7時がとれました」
「よかったね 早い時間で」
「神山さんは お仕事ですか?」
「うん 打ち合わせが在るのでいかれない ごめんなさい」
「いいの では気をつけてくださいね」
「うん そちらこそ」
携帯電話を切ってすぐに由香里の携帯に電話した
「はい 斉藤です」
「神山ですが」
「はい どうされましたか」
「一緒に出るとまずいだろ だから東京駅でどうですか」
「はい わかりました ではご連絡をお待ちしています」
「了解」
神山は部屋に戻ると何事も無かったように自分の席についた
隣に座っている杉田と来週の打ち合わせをしていると
「では お先に失礼します 神山さん明日お願いします」
由香里が挨拶をしに神山に近づき言った
「あっ もうこんな時間か では明日お願いしますね」
「はい 東京駅でお待ちしています」
「うん 頼みますよ」
神山は杉田との打ち合わせを早めに切り上げる事にした
「一応 これで大丈夫だ また月曜日にでも連絡をくれ 今夜は
これから別件で打ち合わせが入っているから これで打ち切り」
「はい 大丈夫ですよ 明日いい写真をお願いしますね」
「しかし カメラマンは由香里姫だからな」
「安心ですよ 神山さんが付いているから」
「じゃあ 頼んだぞ 倉さん御殿場に行ってきます」
「おう 頼んだぞ」
「はい」
神山は倉元と奥村課長 そして市川に挨拶をして出て行った
ビルを出てすぐ傍にあるコインロッカーで
昼間預けた小さな旅行鞄を出していると
「早かったのね あなた」
後ろから由香里が声を掛けてきた
「まあね 大体は分っている事が多いから 翔でも大丈夫」
時計を見てみると6時10分を少し過ぎた時間だった
「10分丁度にタイムカードを押したの」
「どうりで そうしたら そこから車で行こう」
「はい」
神山は傍に駐車しているタクシーに乗り込み
「東京駅の新幹線口にお願いします」
運転手はバックミラーでこちらを確認しながら返事をした
「今夜はどこに泊まるの?」
「熱海の先にある 網代だよ」
「御殿場と随分とはなれているでしょ」
「そんな事は無いさ まあ心配しないで ついて来なさい」
「は~い わ・か・り・ま・し・た」
「しかし 由香里を誤解していた ごめん」
「な~あに 突然」
「いや あとで」
神山は由香里が市川と男女の関係になっていると思って
少し距離をおいて付き合っていた事を反省していた
今回の出張はその穴埋めをする考えもあり
一日でも早く謝りたく計画した
たまたまアルタでも写真が必要という事が神山に拍車を掛けた
タクシーは東京駅の八重洲口に着き新幹線みどりの窓口に向かった
「一番早い熱海で大人2名 グリーン車でお願いします」
「18時37分のこだまが有りますが いいですか」
「ええ お願いします」
神山はお金を払うと すぐに新幹線発車ホームに向かった
急いでいる神山に由香里は
「何を急いでいるの?」
「だって もうホームに入っているのだろう」
「だけど まだ充分に間に合うわよ」
「ゆっくりできるじゃないか 乗ってしまえば」
「それもそうね しかしグリーン車は驚いたわ」
「いいの あとで」
「ビールでも呑みましょうか?」
「うん 僕が買ってくるよ」
「いいの? そんなに」
「だけど 呑みすぎると後が美味しくなくなるから ほどほどだよ」
「えぇ 分りました」
神山は売店でビールと適当に乾き物を買って由香里と車内に入った
自由席と指定席は七割がた埋まっていたがグリーン車には
他に10名程度の乗客しか居なかった
神山たちは進行方向後ろから2列目の席で
周りには誰も乗車してくる気配が無かった
手荷物を棚に載せ由香里を窓がわに座らせた
神山は由香里のジーンズファッションを見ていると
由香里が神山の目を見つめながら
「何見ているの あなた」
「だって 見た事が無いファッションだから 驚いている」
「そうね 初めてでしょ いつもと違うでしょ」
「うん ジーンズも似合うよ」
「ほんと 嬉しいわ 誉められると」
「いつもスーツ姿だったから 逆に新鮮だよ」
「私 今日は普段着よ」
「へぇ しかし似合っているよ ほんと」
「そんなに誉められても何も出ませんよ」
「まあ そんなに苛めるな ビールを呑もう」
次回は7月17日掲載です
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