2012年9月20日木曜日

青葉 3 - 17 Vol. 1



4月22日 水曜日 快晴

「それでは 孝ちゃん行って来るよ」
「はい いい話を待っていますよ」
神山は上原の現場で高橋と別れるとタクシーで東京駅に向かった
先週 亜矢子と約束をした熱海旅行だが
周りに悟られずに出かける事がいかに難しい事かと思った
東京駅に着く時間が長く感じられた
それでも思ったよりは早く着き余裕が出来た
新幹線 朝8時のプラットホームはビジネス客で溢れかえっていたが
所々に家族連れやカップルも目に付いた
これから行く旅先の話をしているのだろうか 
楽しそうに話をしている
時計を見てみるとまだ時間が有ったので亜矢子に電話をした
「神山ですが」
「はい 亜矢子です」
「これから 小田原に行きます 今 東京駅です」
「はい 分りました」
「昨日も伝えたとおり 熱海の駅で待っていて下さい」
「はい 何かありましたら お電話くださいね」
「分りました では」
神山は1週間ぶりに合う亜矢子の笑顔を思い浮かべながら話した
新幹線こだまの乗車が始まり指定席に着くと地ビールを出し呑んだ
小田原まで僅か40分足らずの時間だが目をつぶってしまった

この1週間が頭の中で走馬灯のように廻った
祥子との話や由香里との話しなど 
今までこんなに苦労をして言い訳をした事がなかった
考えている間に 眠ってしまった


4月16日 木曜日
店に着いた神山を待っていたのは23日の銀座会の打ち合わせだった
銀座会は銀座1丁目から9丁目までの商店が参加している
販売推進と親睦を目的にしている会で銀座鈴やは理事になっていた
銀座通りで統一された季節ごとの飾付けやイベントなど
すべてこの銀座会で決められていた
勿論 みゆき通りや他の筋でも同じことが言える
今回 4月23日の会合は10月に行われる銀座祭りの
初回打ち合わせで 新規参加者などとの顔合わせが主であった
「しかし 課長 その話は全然聞いていなかったですよ」
「そうなんだよ 本来ならば 販促部長が出席するはずだったんだが」
「だめですよ 課長」
「しかし 山ちゃんが昇進した事もあって 部長がぜひともと言って」
「分りますが 実はその日に 上原の什器を確認しに行くのですよ」
「そうか、、、どうしてもずらす事は出来ないか」
「ええ 一番大切なときですからね」
「そうだよな 運送の手配まで何とかしたしな、、、」
「そうですよ それに今回は顔合わせでしょ」
「うん」
「それでしたら 今までのように販促部長でOKでしょ」
「うん、、、」
「そうしましょ ねっ 課長」
「そうするか」
「そうですよ 実は24日も休ませて頂きます」
「えっ」
「だって ここ暫く休んでいないのですから」
「そうか 仕事は大丈夫だよな」
「勿論ですよ 来週は大きな催事がありませんから」
「そうか」
「それに 翔が頑張っているし 大丈夫ですよ」
「分った 23日の件は販促部長に出席してもらおう」
「ありがとうございます」
神山は銀座会の打ち合わせを欠席する事になったが
それを聞きつけた由香里は
「何故 出席しないの もったいないじゃない」
「うん それはそうだけど 上原のほうが大切だし」
「だって その次の日もお休みでしょ 怪しいわ」
「由香里姫 僕だってゆっくりとしたい時がアルのです」
神山が由香里に責められているのを見かねて 倉元が
「おう 由香里姫 もう勘弁してあげなよ
山ちゃんも ここのところ休んでいないしさ なぁ」
「それは分るけど だったら私も一緒に行こうっと」
「だけど 銀座会の補佐をしなければいけないじゃないか」
「そんなの大丈夫よ 販促にも人材は豊富よ」
「おう 由香里姫 23日に仕事があるぞ」
「えっ なに 倉元さん」
「おう 数字を出さなければいけないだろ」
鈴やでは毎週木曜日には今までの個別累計経費を出したり
月の予算に対しプラスマイナスを計算する大事な日だった
「そうですね 倉元さん 神山部長どうぞお気をつけて」
由香里は倉元と神山に聞こえるように言い自分の席に戻った
由香里の後姿を見た杉田が
「大丈夫ですか 先輩?」
「うん? 何が」
「だって 怒っていますよ」
「分るけど しょうがないだろ 怒らせておけ」
「へえー 先輩 強気ですね」
「ばーか 何言っているんだよ」
「だって 由香里姫を怒らせると大変じゃないですか」
「大丈夫だって 心配しないで来週の火曜日頼むぞ」
「任せてください 大丈夫ですよ」
神山は杉田と話し終えると倉元に語りかけた
「倉さん ありがとうございます」
「おう 気をつけていって来い」
「はい」
「お土産は 熱海の温泉饅頭かな」
「ええ 由香里姫の分も買ってきます」
「おう そうだな 頼むぞ この頃機嫌悪いからな」


「お客さま 切符を拝見させて頂きます」
神山はどこから声が聞こえてきているのか分らなかった
最初は由香里の声に聞こえ なぜ起こすのだと思い
その次には亜矢子がわざと起こしているように思えたが
もう一度はっきりした声が聞こえた時に目を覚ました
自分は今 新幹線で小田原に向かっている事に気がつき
目を開けると車掌がそばでこちらが切符を出すのを待っていた
眠たい目で切符を出し検札が終ると又 目を閉じ眠ってしまった


4月21日 火曜日 朝 上原のマンション
「では 気をつけて行ってきて下さいね」
「うん 祥子もたくさん友子ちゃんと遊んできなさい」
「はーい」
今週 祥子は火曜日の仕事が終ってから名古屋に帰ると言って来た
先週16日の夜に自分の苦悩している事を神山に話してからは
毎日が機嫌がよくなり仕事に熱中していた
通常は土曜日の夜 会社が終って名古屋に帰るのが普通だったが
今週と来週の週末は上原の仕事が有り
今回は火曜日に帰る事になった

4月16日 木曜日 夜 銀座築地寿司屋いせ丸
「実はね 浜野由貴に上原の件を
任せて良いものかどうか迷っているの」
「どうして?」
「ええ この頃 私に反発をするの」
「それは仕方ないだろ 若いし やる気あるし」
「ええ それなら 私も全然構わないわ
しかし 今の彼女は天狗になっているの 分かる?」
「うーん、、、、」
「前にも話したけど 自分の感覚で商品展開をするの」
「うーん 困ったな、、、」
「そうでしょ 本部フランスの意向を取り入れようとしないの」
「しかし祥子が注意すれば済む事ではないのかな」
「そうなの 注意をすると 持論を持ち出すんだけど
その持論がまるっきり外れている訳ではないので 躊躇するの」
「逆に 彼女に何もかも任せてみれば、、、」
「大丈夫かしら、、、」
「何を心配しているの?」
「ええ だって 彼女 その事で少し天狗になっているから」
「そうか、、、 そうすると少し難しいかな、、、」
「そうでしょ」
祥子と神山は しばし言葉がなくなった
神山は祥子をこの寿司屋に早いうちに連れてきたいと思っていた
いつも 祥子の知っている所とか駅前などなど
自分で『ここはいいお店だから 一緒に食事をしよう』と
誘う時間がなかった
神山は自慢できる築地に誘えてよかったと思っていた
暖簾をくぐって奥座敷に行く時
「ここすごく 雰囲気が良いわね」
祥子は喜んでいた
プライベートな話などにはもってこいの隠れ家であった
座敷に上がると 仲居がいつも通りビールとコップを用意し
何も聞かずに襖を閉めて下がった
「ねえ 何も注文しなくいいの?」
祥子は不思議そうに神山の顔を覗いた
ビールを呑んでいると襖が開き 鮮魚の盛り合わせが来た
お盆には冷酒が入った花器が乗っていた
普段は生け花に使われるであろう花器に氷と冷酒がセットされていた
紫陽花の花びらと冷酒の器が美しい色彩をかもしだしていた
「この紫陽花と器の調和ってここに合っているわね」
祥子は食材だけではなく食器類でも満足をしていた
神山も祥子がここの雰囲気に満足した事に喜んだ
ビールの後に冷酒を花器から取り出し冷酒グラスに注ぐと
日本酒の誘う香りが漂ってきた
紫陽花の花器と日本酒の香りで初夏を感じていた

「筒井さんはなんと言っているの?」
「まだ話をしていないの、、、」
「そうか、、、」
神山にはどうしたら良いものか最善策が浮かんで来なかった
「そうだ シュミレーションをしてみれば」
「なあに それ」
「うん だから浜野さんが本当の店長をするのさ」
「えっ」
「ほら 消防署とか警察署で一日署長があるでしょ」
「ええ」
「だから 本当の店長をしてもらうのさ
しかし お客さんはこちらで準備をしておくのさ」
「良く分らないけど、、、」
「実際の職務を体験してもらう 本当の店長なので
お客さんの苦情処理や 商品在庫の確認や全て行ってもらう訳です」
「う~ん、、、」
「要は商品の販売に長けていても全体をまとめる力があるかどうか
総合力のテストをするわけですよ」
「ええ その話は分るけど、、、」
「どうしたの?」
「彼女の総合力判断テストでは私と同じくらいのレベルなの、、、」
「えっ そうか そうでないと祥子としても店長候補として
上原を任せられないものな、、、」
「そうでしょ だから余計に困っているの、、、」
「しかし 浜野さんは本部の販売政策と外れている訳だろ」
「ええ」
「そうしたら その部分を筒井さんに話をして
本人が納得をして改善してくれればいいんじゃない」
「上手くいくかしら」
「大丈夫だよ 筒井さんの事だから 安心して」
「そうしたら 明日にでも筒井さんに相談するわ ありがとう」
「僕は上手く行くと思うよ 筒井さんのことだから」
「分ったわ ありがとう なんかすっきりしたわ」

神山と祥子が一つ問題を解決した時に襖が開き
「お待たせいたしました」
仲居が鮮魚の盛り合わせを持ってきた
祥子は捕れたての魚をみて
「凄いわ まだ動いている」
神山も美味しそうな鯛などを見て満足していた
「さあ いただきましょう」
「ええ 本当に美味しそうね 頂きます」 
二人は冷酒を味わいながら 鮮魚を口にした
楽しく話し食べて一段楽した時に
「祥子 実は今度の水曜日に小田原出張です」
きょとんとした祥子に神山は説明した
4月25日土曜日引渡しの件や什器の確認などを説明した
「だけど 24日までそんなに長いの?」
「う~ん 小田原だけでなく 御殿場もあるから、、、」
「ふ~ん」
「うん 御殿場で誘われているのです」
神山はうそを言いたくなかったが 心の中で謝っていた
「そうすると 22日から24日までお出かけなの?」
「什器の確認が終ったら 温泉です そして又 確認です」
「大変ね、、、」
「まあ 急いでいる時は監督者が見るのが一番だよ」
「そうね しかしその話だけど 筒井は知っているの?」
「いやまだだよ 最終引渡しの話も今日決まった話だからね」
神山は引渡し日の経緯をかいつまんで話し
4月22日の什器確認の必要性を納得してもらった
「引渡しの日がそんなに早くなったなんてうれしいわ 本当よ」

祥子は神山の出張より上原が早くオープンする事に興味を持った
勿論 ニーナ・ニーナでも4月25日の引渡しを前提にし
商品手配や人員配置などを進めてきたが
4月24日に什器が入ってくるとすれば
商品などは24日の夜には配達を済ませておきたいと祥子は思った
「ねえ 24日の夜に商品のダンボールは置けるかしら」
「うん 置けないことはないけど 最終的に25日の引渡しだからね」
「そこを何とかできないかしら、、、」
「う~ん」
「ねっ お願いだから 何とかして」
神山はアルタの高橋と電話連絡をとった
「今ね ニーナ・ニーナの久保さんと打ち合わせをしているんだけど」
神山は24日夜の引渡しが出来るか否かを相談した
「ええ 何とかしましょう しかし什器については
現場での微調整など出てきますから 実際の飾りつけは
25日の朝からにしてもらうと 大変助かります」
「了解です」
神山は祥子に24日の引渡しと
飾りつけは25日朝から出来る事を伝えた
「わ~ぁ 嬉しいわ ありがとうございます
早速 これから筒井に連絡をしますね」
祥子は携帯電話で筒井と話した
勿論祥子は喜んでいるが雰囲気からして筒井も喜んでいた
「よかったわ 筒井が貴方に ありがとうございますと言っていたわ」
「しかし 什器が搬入される前にダンボールがあると辛いな」
「そうね、、、何とか考えるわ お仕事の邪魔にならないように」
「そうだね 僕も24日夜には上原に帰ってくるよ」
「わ~ぁ ほんと 助かるわ お願いします」
祥子は上原の件が決まった事が嬉しいのか 上機嫌であった
神山は引渡しまで何があるか分らないので
祥子のようにもろ手で喜べなかった
しかし この一件で小田原や御殿場出張の話題からはずれた
祥子は多少なりとも不信感を抱くかもしれないが
大義名分が出来た事に間違いはなかった

翌日 祥子から電話があり
「昨日話をした浜野の件だけど、、、」
「どうなった?」 
「ええ 筒井が浜野を本社まで呼び出し 忠告をしたわ」
「そうなんだ それで、、、」
「ええ 結局 浜野が筒井に謝罪をして一件落着です」
「よかったね さすが筒井さんだ」
「ほんと 私も気が楽になったわ」
「よかった これで上原オープンに本腰を入れられるね」
「はい ありがとう 助かったわ」
「うん」
「それから 上原の件だけど 今良いですか?」
「大丈夫だよ」
「商品ダンボールなどをバックヤードには置けないかしら?」
「うん 大丈夫だと思うけど 確認しておく」
「そうすると助かるわ」
「また後で連絡をします」
「はぁ~い 待っています」
浜野の件が一件落着したことにより 声が明るくなった
時々見せるくらい表情を見る神山自信も辛かった
筒井のジャッジで以前の祥子に戻った事が神山には嬉しく思えた


4月22日 水曜日
「次の停車駅は小田原です、、、」
車内の案内アナウンスで目がさめた
もうすぐ小田原駅到着なのか 新幹線のスピードが遅くなり始めた
身の回りを確認し出口に行き到着を待つと
ビジネス客や家族連れなども降りる準備を始めた
こだま号がホームに着き扉が開くと 家族連れも結構多く降りた
この先には 箱根登山鉄道を利用すれば温泉が多く頷ける 
神山は 指示されたバスロータリーで待っていると 
正面から 体格が良く日に焼けた顔の40代の男が寄ってきた
「すみませんが 神山さんでしょうか?」
「はい」
「初めまして 私はアルタ小田原工場の赤坂と申します」
「こちらこそお忙しい時に申し訳ございません」
赤坂が名刺を神山に手渡しながら挨拶をした
まだ4月の朝9時なのに陽射しが強かったが
夏の陽射しとは違い気持ちよかった
太陽に照らされた赤坂の顔はアウトドアスポーツマンだった
「さあ 神山さん こちらの車です」
赤坂はロータリー脇に止めてある車に案内した
「工場まで20分位ですが 暫く我慢してください」
「はい 分りました」
神山は赤坂の運転する車で工場に向かった
運転している赤坂から
「しかし 実際にお会い出来るとは思ってもいませんでした」
神山は赤坂が何を言おうとしているか分らなかった
「実は 鈴やさんの仕事で 唯一
『神山さんの仕事には間に合わせる』と社命があるのです
そんな神山さんに お会いできるなんて幸せです」
「そんな そんな事ないですよ」
「いえいえ わが工場では有名ですよ」
「どのようにですか?」
赤坂は少し考えて
「都内で仕事が出来る一番の人だと」
「それは ありがとうございます しかしそんな事ないでしょ」
神山は否定をしながらも心の中では嬉しかった
都内の百貨店に殆ど入っているアルタから評価を受けたならば
話半分でも嬉しい事だった
「特にですね 神山さんの場合決定が早いですよね」
赤坂は神山の仕事を過去から見ていたのか話が進んだ
神山も過去の仕事を思い出しながら話をしていた
赤坂の話を聞くうちに自分を良く監察していると思った
「そうでしょ だから私たち小田原では神山さんの
現場には絶対に穴をあけないようにしていのです」
「そうですか ありがとうございます」
「そうですよ 都内で一番の設計者とお会い出来るのは光栄です」
「ちょっと待ってくださいよ 僕は設計者ではありませんよ」
「まあ なんでも同じ事です」
赤坂は笑い飛ばし運転した

笑いながら話をしているとアルタ小田原工場に着いた
工場は小高い丘の上にあり相模湾を見渡せる所に有った
玄関の車寄せに着くと数人の出迎えがあり
その中に横浜の田代 純一が笑顔で迎えてくれた
車から降りて田代と挨拶を交わすと
「ありがとうございます こんな田舎まで、、、」
「どうしたの? 田代さん」
「ええ 神山さんの仕事だけではなく他の所の納品もあるので」
「あっ そうか 大変だね、、、」
「ええ 丁度仕上がりチェックが重なったものでして、、、」
田代は詫びれずに言った
神山もそんな田代に
「しかし 忙しいのに塗装の件はありがとうございます
助かりました」
「いえいえ その件は赤坂の仕事ですから、、、ねぇ所長」
「はい 実は神山部長さんのお仕事だけではギリギリだったのですが
丁度 塗装工程があいたので先に仕上げました」
「そうなんですか ありがとうございます」
神山は赤坂に深々とお辞儀を済ませると 工場に入っていった
天井が高いその建物は 今まで見たことがない大きさだった
ここでは金属加工からプラスティック製造 そして木工加工まで
言ってみれば何でも作ってしまいそうな工場だった
大げさに表現すればマンションを発注しても
ここの工場だけで造る事も可能な設備を持っていた
余りの大きさに感心していると
「さあ ここが神山さんの部屋です」
案内をする赤坂が扉を開けると 100畳位の部屋だった
そこには神山が発注をした什器や建具があり
工員達が観音扉などの取り付け寸法を間違わないよう
鉛筆で印をつけたり金物を取り付けているところだった
什器制作も最終段階に来ていると安心した
神山は殆ど完成した什器に歩み寄り 色々な角度から観察していると
自分が思った色と違う出来栄えに首を傾けていると
「神山さん 仕上げの色が違うと感じているのでしょう」
田代が後ろから言ってきたので
「うん そうなんだよ」
「ご安心下さい ここは自然光が当らないので少し暗く見えますが
塗装現場では自然光を当てながら色合わせをしています」
「そうですか 安心ですよ」
制作途中の什器や建具など一通り点検した神山は
「さすが アルタさん 完璧ですね 感謝します」
「あいがとうございます」
赤坂と田代は顔を見合わせ安堵の表情をした
「しかし 気になることがあるのですが、、、」
「ああ あちらに在る什器ですね」
「ええ もしかして横浜分?」
「はい お察しの通りです」
「本来ならばここで制作しないのですが 場所が無くなり、、、」
「うん そうでしょう あれだけの大きさですからね」
この時期 横浜の百貨店開店準備で
どこのメーカーでも大忙しだった
首都圏では久しぶりの大型百貨店で横浜の
『みなとみらい21計画』と連携している大プロジェックトの
一連工事なので メーカーや下請けは皆力が入る
現在は横浜駅西口が商圏とし地域活性の源だが
東口に『みなとみらい21』の出先が出来ると西口既存店の刺激
そして隣りの桜木町までを一つにした大商圏が出来あがる
神山の鈴やも足元を救われないよう
気を引き締め対応策を考えている

「それでは神山さん 工場の中をご案内します」
「はい ありがとうございます」
「それでは 私は横浜が在りますので これで失礼します」
「はい わかりました 頑張ってください」
「ええ それでは」
田代は神山と赤坂に深々と礼をして 別の部屋に入っていった
赤坂に各作業場を一通り案内され見学が終わると12時になっていた
「神山さん 少し早いですが お昼にしましょうか?」
「はい そうですね」
神山はここから小田原に出て食事をするなら
丁度いい時間だと思ったが果たして
(小田原駅周辺に美味しい処はあるのだろうか)と疑問符が付いた
(まさか 工場周辺の定食屋ではないよな)とも、、、
赤坂が案内したところは工場の3階にある海鮮居酒屋だった
驚いている神山に
「さあ どうぞ こちらです」
赤坂はまだ準備中の札が出ている部屋を案内した
中に入ると料亭の雰囲気でとても居酒屋とは思えなかった
窓側の席に着くと小田原の町が一望でき先に駿河湾が見えた
「凄いですね 会社の中に居酒屋って」
「ええ 社長のお気に入りなんですよ」
「それにしても 普通は考えられないですよ」
「そうですよね 私も最初はびっくりしましたよ」
二人が席に座り落ち着いた所で 生ビールが運ばれてきた
「さあ 神山さんに最終チェックOKと言うとで」
赤坂はそう言うとジョッキを神山の前に出し乾杯をした
「でも 工場内に居酒屋さんは 凄い 初耳ですよ」
「ええ 驚かないで下さい この他に焼き鳥 ラーメン
日本そばなど まだまだ在りますよ」
「へー 、、、」
驚いている神山に
「実は社員食堂が無いんですよ」
「えっ?」
「ええ 社員達は皆 この工場内で食事をするんです
神山さんの会社だけではなく普通 社員食堂で昼食を取りますよね」
「ええ まぁ」
「でも毎日同じ味だと飽きてきて時々外食などもされると思います
例えば コンビニでお弁当を買ったりとかも」
「そうですね」
「そこで 社長は社員の余計な出費や時間を
無駄にさせたくないと考えたのです」

ここ小田原工場は内藤一哉が40歳の社長就任時に建て替えられ
赤坂もその時に工場長として任命された
母親が社長時代はまだ工場も今のように食事をする所も無ければ
社員寮も離れていて生産効率が悪かったし士気にも影響していたし
遅刻や給料の前借や色々と問題があった
内藤は『社員が安心して住める場所 安心して食する処』を考え





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