4月3日 金曜日 快晴
鈴や銀座店催事課
課長の奥村は少し早めに出勤をし 本社秘書室の呼び出しに備え
少し落ち着かずにタバコをふかしていた
そこへ催事課経理の斉藤由香里が出勤してきて
「あら 奥ちゃん早いのね どうしたの?」
「うん ちょっと用事があってね コーヒーくれるかな」
由香里は課長の様子が普段と違うので 急いでコーヒーを入れ
「はい お待たせしました」
「うん ありがとう」
少しいらだった様子なので 直ぐに自分の席に戻り 仕事の
準備をしたり 会議テーブルの上を掃除したりした
由香里がバケツの水を交換する為に部屋を出た時 電話が鳴った
「はい 催事課の奥村です」
「おはようございます 秘書室の秋山です お待ちしていますので
今すぐに こちらに来て頂きたいとのことです」
「はい すぐに伺います」
奥村は筆記用具と社内規約と労働組合の規約を持って部屋を出た
「由香里ちゃん ちょっとでる 頼むね」
「はい 帰りは」
「うん 2,30分で終わる それから倉さんが着たら押さえて」
「はい 行ってらっしゃいませ」
本社ビルに入るとエレベーターのボタン8階を押して
箱が来るのを待った
扉が開くと奥村はエレベーターから降りて来た社員に挨拶をし
自分が箱に乗ると8のボタンを押して扉が閉まるのを待った
奥村は8階で降りると真っ直ぐに秘書室に行き挨拶をすると
秋山は副社長室に入り 奥村を部屋に招いた
「社長 おはようございます」
「やあ 奥ちゃん 成功したぞ よかったな まあ座れ」
「はい ありがとうございます」
奥村は深々とお辞儀をして挨拶をした
「名古屋も仕方ないと言っていた ワシも同感だ」
「ありがとうございます」
「それで 催事課は大丈夫なんだろうな 後から泣くなよ」
「はい 大丈夫です 神山君は出来ます それに若い杉田も
今力をつけるいいチャンスです」
「うん 分かった それでだ 人事辞令は6日9時15分
銀座店秘書課で行う くれぐれも遅刻しないように」
「6日月曜日9時15分ですね 畏まりました」
「うん 以上」
奥村は立ち上がると 深々とお辞儀をして部屋から出た
秘書室を出る時に奥村は顔がにこやかに晴れていた
秋山が奥村を見て挨拶をすると
「奥村さん 何か良いことがあったみたいですね」
「えっ 分かりますか?」
「ええ 顔に書いてありますよ ふふふ」
奥村は嬉しくなり自然と大股で歩き エレベーターに向かった
催事課の部屋に入ると 倉元が出勤していて
「おう 奥ちゃんおはよさん 早いね」
「倉さん おはようございます ええ行って来ました」
「おう そうか」
「倉さん ちょっといいですか」
「おう そっちの部屋がいいだろう」
「由香里姫 悪いけれどコーヒー2つ」
「はい 分かりました」
奥村は倉元が会議室に入ると 副社長の事を伝えた
「そうか よかったな」
「それでどうでしょうか 翔に伝えて話してみませんか」
「そうだな いくらなんでも突然より 事前に話したほうがいいな」
「お邪魔します コーヒーです」
「おう ありがとう」
「由香里姫 翔がきたら ここに来るように言ってくれ
それから緊急以外は立ち入り禁止 いいね」
「はい 分かりました」
由香里が部屋から出ると 奥村は仕事の進み具合などを確認した
まず神山が抜けて一番の打撃はお中元装飾がある
お中元ギフトは7月からが最大のピークを迎えるが
5月に入るとギフトセンターを中心に段々と広くしていく
毎年の事だが5月の半ばにはデザインが決まっていないと
各業者に発注できないし スケジュールも組めなくなる
あと6月までに外商顧客中心のホテル催事が3本ある
「倉さん ホテル催事については どうでしょうか
山ちゃんが主になってやって貰えないでしょうか」
「うーん 上原の完成とぶつからなければいいがな、、、」
「上原は それでどこまで進んでいるんですか」
「うん 借りる事は借りる ただ家賃交渉をしていると言っていた」
「そうすると平面図はまだ出来ていないんですね」
「おう 内緒で図面を取り寄せて計画は進んでいると聞いた」
二人が沈黙をしていると ドアがたたかれ
「あのー 杉田ですが、、、」
「おう 筆記用具もって入れ」
「はい ただいま準備します」
杉田が部屋に入ると奥村が
「いいか 絶対に内緒だぞ」
「はい わかりました」
「おう 実は山ちゃんの仕事が増えたんだ それで君にも覚悟して
貰わないといけないんだよ いいかな」
杉田はきょとんとして 話を聞く事にした
「じつはな ニーナ・ニーナって知っているな あそこの
アンテナショップが 代々木上原に出来るんだ そこでだ
山ちゃんの力が必要になり 向こうの現場も見る事になった
しかし 銀座店は俺と君しか居なくなると困る わかるか」
「はい 充分すぎるくらい分かります」
「翔 そこで倉さんと話したんだが お中元の飾り付けや
現場仕事は翔に任せても デザインの段階の時には
山ちゃんに入って貰わないと無理だと思う どうだ」
「ええ その通りです まだまだ自分ひとりじゃ 無理があります」
「お中元のデザインだが 具体的にどこの範囲まで出来るかな」
「うーん 先輩が居なかった時を考えれば 出来ていましたが
反省会の時も言われたように あちこちで小さなミスが出ました
なので 現場も多少携わって頂いたほうが 集中できます」
「そうか そうだよな あの時 店長から小言を頂いたからな」
奥村は考え込んでしまい 倉元もいい案が無いか考えた
杉田にとっては ミスを最大限に留めるにも神山の現場監督は
絶対に必要と考えていた
「やあ 由香里姫 おはよう」
「おはようさん あれ そのジャケットどうしたのよ」
「分かる 格好いいでしょ」
「分かるわよ だって外商で持ち回りの高いジャケットよ
いつ買ったっけ そのジャケット、、、」
「ははは 昨日さ まあ詮索はそのくらいにして みんなは?」
斉藤由香里は会議室を指差して 手を交差しバツをした
神山は小さな声で由香里に聞くが よく分からないと言われた
「ただね 翔君も一緒なのよ おかしいわね」
神山は昨日と一昨日の事は自分でなく杉田だったのかと思った
「ねえ お昼一緒に行かない 外がいいな」
「うん どうしたの」
「ほら また休みなんだ」
由香里は少し離れた隣の市川の事を指した
「そうだな 確かきのうも休んでいただろ どうしたんだあいつ」
「うん それでね ちょっと相談があるの 早く出ちゃおうか」
「うん いいけど まだ早すぎるよ」
「ねえ 築地のいせ丸に行こうか」
「いいですよ 今日は暇だし ゆっくり出来るかな」
「予約を入れておくわ じゃあとでね」
神山は席に座ると 杉田のことを考え 仕事がはかどらなかった
納品伝票に押印したりしていると3人が 部屋から出てきたが
みな無口で 少し普段と違った様子だった
杉田が席に着くと神山が
「おい 翔おはよう どうした 沈み込んで」
「先輩 おはようございます」
そう言うと 自分の席にある書類を見たり整理し始めた
神山は倉元や奥村に挨拶をしたが 返事が暗かった
斉藤由香里が時間になったので奥村に進言しお昼の許可を貰った
神山のところに来て小さな声で
「さあ 行きましょう OK貰ったから」
神山は頷いて 倉元と杉田に断って部屋を出た
「なんだよ みんな黙って ぜんぜん面白くないな」
「なんか可笑しいわね 実はね 今朝は奥ちゃんの方が
先にきていて 労働規約を読んでいたのよ
それでね イライラしていて 少し近寄りがたかったのよ」
「へぇー そうなんだ」
「それで私がバケツの水を取り替えている時に 何処かへ行ったわ
この時期にこそこそしているなんて 可笑しいわ
ねえ 市川さんの事かしら 私 なんだか心配だわ」
「うーん」
「帰ってきた時には 笑顔に戻っていたんだけど また暗いわね」
神山と斉藤由香里はタクシーを拾って築地いせ丸へ向かった
暖簾をくぐると女将が笑顔で迎えてくれて奥の座敷に案内された
女将は斉藤由香里と小さな声で話し 頷いて厨房に戻っていった
「ねえ 市川さんの事だけど 先日私の友人が見かけたのよ」
「なにお」
「若くて髪の毛が長い女性とキスをしているところ」
「えっ キス、、、」
「うん そうなのよ だから浮気をしているんじゃないかって
その友人とも話していたの」
「まさかぁー あいつはかあちゃん思いでそんな事出来る人間じゃないよ」
「そう思うでしょ でも若い女の子の間では 結構有名な話よ」
「へぇー でも元気があって いいじゃないか」
「それはそれとして 会社を有給で休むって可笑しいでしょ」
「だって仕方ない事だろ 急に用事が出来たりさ」
「その女のために用事?」
「えっ なんで?」
「先日ね 有給で休んだ時に 奥さんから課長のところに電話があったの」
「うん」
「内容は『この頃 帰りが遅かったり 定休日出勤も毎週です
なにかうちのに不手際があったのでしょうか?』って」
「えっ 定休日出勤?ほんとうかよ」
「更にね『昨夜は帰宅しないで 徹夜作業と言っていましたが
今朝から全然連絡が取れないんですが そのような現場に
うちのが配属されているんですか どうなんですか』って
だから課長も 言葉を選んで答えていたわ」
「おいおい でもなぜ内容が分かるんだよ」
由香里はちょっと舌先をぺろっとだして
「聞いちゃった だって市川さんの奥さんでしょ なにかなぁーって」
「こら 盗み聞きして 悪い子だ だけどなんだろうな」
「浮気とか遊びかな でもこのままだと催事課に居られなくなるね」
「うーん どうしたもんだろ それで課長はどうするって」
「うん 一応本人に確認してみますって そう言ったわ」
「そうしたら ばればれじゃないか」
「だって仕方ないでしょ 別に催事課の仕事じゃないんだから
可能性としては どこかでアルバイトをしているかもしれないし」
「まあな その方が助かるけれどな、、、
けどアルバイトとキスの事を一緒にされたんじゃ可哀想だよ」
二人が沈黙をしていると 襖が開き店員が海鮮魚の盛り合わせと
ビールを運び 座卓に並べると お辞儀をして襖を閉めた
神山と由香里は美味しいといい 良く箸を動かし食べると
由香里は日本酒を注文した
神山もお酒には相当強いが 由香里は更に強く 体調がいいと
呑んでも全然崩れる事は無かった
神山が銀座店移動になり 昼食時から日本酒を飲む由香里で
大丈夫かと思ったがミスなく仕事を済ませて驚いた事があった
その事を知っているので 催事課の連中も由香里に対し昼から
お酒を呑むなと言わなかった
勿論 催事課の連中はみなお酒には強く 特に倉元は一日中
呑んでいても全然崩れずに平気で仕事をこなした
「ねえ この頃全然誘ってくれないでしょ 私を避けているの」
「えっ そんな事無いよ 忙しいだけさ」
(だって 昨年のクリスマスの時 僕が誘っても 市川の誘いに
ついていっただろ 今回の事だって 貴女が関係しているじゃないの)
神山は喉まででかかった言葉を飲み込み
「そのうちに 時間を作るからさ 機嫌悪くしないで ねっ」
「ふーん 覚えておくわ」
「失礼します さあ由香里さん お持ちしましたよ」
女将は由香里から頼まれたお好み寿司の盛り合わせを運んできた
「わぁー 美味しそうね さあ山ちゃん食べましょう」
神山も美味しそうな握りや巻物を食べ始めた
ゆっくりと食べたので部屋に戻ったのは14時を過ぎていた
神山は奥村に食後の挨拶を済ませると
「なんだー山ちゃん 今夜もお誘いが来ているよ いいなぁー
今 上野店サービス課の可愛い声した人から電話があった
内線を控えたから 大至急電話してくれないか」
神山は奥村に礼を言って席に戻ると 上野店の内線に架電した
「はい サービス課の百瀬です」
「銀座店の神山でーす こんにちわ」
「わぁー お久しぶりです お元気そうでなによりです
ところで お聞きになっていると思いますが 今夜は大丈夫ですか?」
「うん 参加させてもらいますよ」
「きゃぁー 嬉しいわ、、、参加だって、、、もしもし」
「どうしたの 周りがきゃぁーきゃぁーと騒がしいけれど」
「だって 誰が電話するかアミダで決めたんですよ だから私の周りには
神山さんのファンが一杯いるんですー」
「ははは ありがとう 昨日 亜紀さんに会ったよ 変わらず美人だ」
「ええ 全部情報は入っていますよ 泣いている赤ちゃんを抱いたら
ピタリと泣き止んだ事まで」
「おいおい そんな事まで入っているのか 参ったなぁー ははは」
「それで神山さーん 私達数名は早帰りなんです だからデートしましょ」
「うん いいよ 何時にどこだ」
「フレックスタイムでしょ そうすると4時30分にはこちらに
来ていただく事が可能ですよね」
「うん しかし5時にしよう そうすれば大丈夫だ」
「はーい そうしたら5時にうちの前にある木村屋さんの3階に
パーラーがあるでしょ そこでお待ちしています」
「うん 分かった 木村屋の3階だね じゃあ頼みます」
「はーい お願いしまーす」
電話を置くと隣の杉田が神山に
「いいですね 女の子に囲まれて 羨ましいなぁー」
「ははは お仕事 お仕事ですよ さて 翔 何をしているんだ
店外催事の図面なんか開いて 店外やりたいのか いいぞ」
「べっ、べんきょう しているんですよ ねえ そのうちにと思い」
「うん 偉い 何事もそう前向きじゃないと 駄目だぞ」
タイミングよく倉元が杉田に
「おう 翔 どんどん教えてもらえよ」
「はっ、はい 教えてもらいます」
この時 神山は翔が何か隠していると感じるものがあった
神山は余計な詮索をせずに 仕事に集中する事を決め書類の整理を
始めた時に 奥村の直通電話に入電があり由香里がでた
電話は市川からで 由香里は驚いたが奥村に替わった
奥村は頷いて話を聞いていたが
「分かった なら明日は定刻どおり出勤だな うん分かったじゃあ」
そういうと何事も無かったように 受話器を戻し書類に目をやった
神山は市川のことを倉元が知っていると思い聴いてみると
「おう 市川君は山ちゃんの同期だったな 心配するのは分かるが明日だ」
神山は礼を言って席に戻り業者や売り場と連絡をしたり書類の整理をした
(うーん 何かが動いているが 市川だとアルタは関係ないし、、、)
書類を整理していても アルタと筒井の事が頭から離れなかった
暫くして腕時計を覗いてみると16時30分を指していたので
奥村課長に進言をした
「奥ちゃん そろそろ上野にいくので すみませんが」
「やあいいなぁー 可愛い子ちゃんと花見か 行きたいなぁー」
「ははは いいですよ 後で来てくださいよ」
「それは冗談として 明日は10時に来てください」
「えっ だって明日は休みを入れてあるんですが、、、」
「おう 山ちゃん 明日は大事な話があるんだとさ 俺も来るんだよ」
「はい 10時でいいですね」
「うん 頼みます」
神山はスキットしない気分だったが 倉元がああ言うので我慢した
「じゃ翔 なにかあったら携帯電話までな 頼んだよ 倉さんそれでは」
「おう 一杯呑んでこいや」
「では」
神山は催事課の部屋を出ると 少し釈然としなかったが 明日には
色々な事が分かると思い これからの楽しみを期待し有楽町駅まで
大急ぎで歩いていった
「やあ お待たせしましたー」
「きゃぁー 神山さんだわ いらっしゃーい」
「わぁー えーっと 凄いなぁー こんなに集まって」
「神山さん こんばんわ いらっしゃい」
「お久しぶりです 滝川さんまで 大丈夫ですか、、、」
「大丈夫よ まだまだ頼りになる子が一杯居るから 安心よ」
神山は上野鈴や向かいにある 木村屋3階のパーラーに着いた
木村屋は高級ブランドのファッションや小物を扱っているが
鈴やと競合しないよう ターゲットを若者中心に品揃えしている
特に若い女性に人気があり 鈴やの社員にも評判はよかった
1、2階が店舗で3階がパーラー4階がレストランという構成だ
4階のレストランはどちらかと言えば洋食屋に近く 味があっさりで
メニューが豊富なところが 女性に人気がある一因になっている
「神山さーん こっちのテーブルにも来てー ほら新人さんよ」
「そうよ 神山さんを一目見たくて来たんだから 早くぅー」
「はいはい ちょっと待っていてね 直ぐにいくよー」
「神山さん いつまでも人気者ね 羨ましいわ」
「そんな 滝川さんだってまだまだ美しいですよ ほんと」
「ふふふ いつもお上手ね でも大変ね銀座の催事課」
「ああ 由香里姫から聞いたんですね ええ 何かが動いていて
僕自身良く分からないんですよ でも明日朝に何かが分かります」
「そう でも考えても仕方ないから楽しみましょうよ」
「ははは さすが関東一の切れものですね 早いや」
「まあ 褒めて頂いても ここは神山さんのお勘定よ」
「えっー まあ仕方ないですね では子供のところに行ってきます」
「ふふふ はい どうぞ」
「お待たせしました 百瀬さん先ほどは綺麗な声でありがとう
うちの奥村課長が とても綺麗な声だって褒めていたよ」
「ほんとですかぁー 逆に妬まれたんじゃないんですか?」
「なぜ分かるの そのとおり 妬まれたよ
だけど 声の綺麗さは 凄い褒めていたぞ あれは本音だ」
「まぁ しかし ねぇ 奈々子 声を褒められてもねぇー」
「そうそう この美貌を褒めてくれたら 奥村さんのファンになる」
「そうよね 若い美貌を見ずして美人を語る事無かれ あれぇ」
「ははは 伝えておくよ 名言だ」
「ねえー 神山さん この子が陽子ちゃん その子が麻衣子ちゃん」
「陽子でーす お願いしまーす ふふふ」
「私は麻衣子です よろしくでーす」
「おー 若くてピチピチしているね ほんと凄い」
その時 百瀬ゆうこが人差し指を口に当てると 神山は頷いて
「さあ 僕は向こうに戻るよ」
ゆうこは何も言わずにニコニコして頷いた
神山が滝川のテーブルに戻ると
「ねえ神山さん 市川さんがなにか可笑しいって聞いたんだけど」
「うーん よく判らないんですよ でも明日出勤するそうですよ」
「私生活の乱れで出勤できないなんて ちょっと危ないわね」
「まあそうですね」
神山は上野店の人間なのに何を心配しているのか分からなかった
自分が心配するなら分かるが それとも上野店に彼女が居るのか
「なにか新しい情報はあるんですか?」
「ううん ほら由香里さんから聞いた事だけだから、、、」
(そうか由香里さんが 色々と話を流しているのか、、、)
「まあ 明日になれば本人から聞く事も出来るし 課長も
そのつもりでいるんじゃないでしょうか」
神山と滝川はそこで話が切れると滝川恵美は
「ねえ 亜紀ちゃん元気でしたか?」
「ええ 全然変わらずに元気で 赤ちゃんも元気でしたよ」
「女の子の年子って大変だけれど 10年も我慢すれば 楽になるわ」
「ほんと 双子のように片方が泣けばもう片方も泣いていました
泣いた時に 抱っこをしてあげたんですよ そうしたらぴったと
泣き止んで もうこの子は僕の事好きなんだといって 大笑いです」
滝川は口に手を当てて大笑いした
「私が抱っこした時は泣き止まなかったわ おしめだったの」
二人はまた顔を見合わせて笑った
銀座店催事課では奥村がみんなを会議テーブルに集めた
「今日 集まって頂いたのは 神山課長のことです」
倉元や杉田は知っていたが 奥村の言葉を聴いていた
「実は 我が社と協力関係にあるニーナ・ニーナさんが 近いうちに
新店舗を出店しますが一つ問題が出てきて 神山課長の力を
お借りしたいと申し出がありました この申し出は施工業者の
アルタさんからも是非 神山課長の力がどうしても必要と言われ
催事課として果たして正常な 機能を果たせるかと考えましたが
残る倉元部長と杉田係長が 条件付で承諾して頂き決定しました
決定内容は 出向社員で勤務先は代々木上原事務所です
その条件はお中元装飾まで銀座店の現場も見るという事です
まあ 二束の草鞋です 以上です なにかありますか
それから 明日10時に全員に伝えますので 遅れないように」
倉元と杉田は予め聞いていたんで 質問は無かったが
催事課課員の動向を把握している由香里は色々と考え質問した
「出退勤のことやお休みの件はどうされるんですか?」
「うん この出向については本社サイドが言うのに
対外的なことを考え合わすと 部長職出向と考えるそうだ
だから 部長と同様の扱いになる まあ自分で管理になるね」
「それで いつからですか?」
「うん まだ公にしないでくれ でも、、、業者の事があるか」
「おう そうだぞ業者には早めに翔を売り込んでおかないと」
「そうですね じゃ社内には秘密で お願いします
4月6日月曜日9時15分人事辞令です うちの秘書課ね」
「へぇー 山ちゃんが出向になるんだぁー」
由香里は先ほど神山が心配そうに話していた事が 自身の出向とは
なんだか割り切れない気持ちだった
今頃は上野店の滝川恵美と話しているので 教えたい気持ちで
一杯になったが 直にきいて貰った方がいいと思った
会議が終わると倉元は奥村に
「おう 奥ちゃん これから業者さんに電話をして 月曜日の朝
ここに来て貰うのはどうだ さっきの引継ぎの件もあるし」
「うーん そうしましょう 山ちゃんに一言お願いして
翔のことも売り込んで貰わないといけないですからね」
「一応 この部屋に入るくらいの人を呼べばいいな」
「ええ お願いできますか」
「おう そうしたらこれから電話をして9時30分でいいか」
「ええ 挨拶が終わったらみんな帰るでしょうから
その時間でいいと思います かえってお昼に来られると大変です」
「それからお祝いはどうするんだ 出向部長とはいえ部長だからな」
「由香里ちゃん ちょっときてくれ」
奥村は席で計算をしている斉藤由香里を呼んだ
「なんですか?」
「ほら 山ちゃんのお祝い会の事なんだけれど いくら余っている」
「ああ えーっと まだ10万円くらい有りますよ」
「そうか そうしたら 倉さんどうでしょうか ここでするのは」
「うん そうするか」
「築地からお寿司を取り寄せて酒を買えばそんなものだと思いますよ」
「うん 分かった で いつにする」
「明日 市川が出てくるので スケジュールを早急に決めますよ」
「うん 頼んだぞ 余り遅いと 有難味が薄れるからな」
「そうそう 僕の場合がそうだったんですよ よく判ります はい」
倉元は席に戻ると普段余り顔を見せない業者を中心に電話をした
中にはどの位包んできたらいいか訪ねる業者も居たが 倉元は
部長昇進という常識の範囲でお願いすると伝え 金額は言わなかった
斉藤由香里が管理しているお金は このようにお祝い事があると
業者から催事課にくるお金もあった
これを貯金し催事課の旅行や課員の冠婚葬祭等に使うようにしている
上野公園は平日なのに込み合っていた
上野店営繕課の若い課員は朝から場所とりで 出勤すると決められた
エリアのところに青いビニールシートで場所を確保していた
退社してくる仲間のために 一日中見張りをしなければいけなかった
今年は社員2名と業者の参加で3名応援に駆けつけてくれた
神山はサービス課の若い子を連れて 確保してあるところに行くと
もう 出来上がっていて 顔が真っ赤になっていた
「いらっしゃい 神山さん そしてサービス課のみなさん どうぞ」
「うん ありがとう もう直ぐ次の連中がくるだろう」
「ええ 早く来て欲しいですよ もう大変ですよ
でも 今年は彼らも手伝ってくれたんで 楽は楽でしたね」
「もうだいぶ出来上がっているね」
「ええ しかし課長や部長が来るまではしっかりしていないとね」
「うん いくらお祭りでもな そこは呑んでも呑まれるな」
「神山さんはゆっくり出来るんでしょ」
「ああ そのつもりだよ」
「そうしたら 先日のカラオケに行きましょうよ」
「ははは 700点か」
「ええ ほらサービス課の子を誘って 行きませんか」
「なんだ そっちの話か あのさ滝川さんもいるだろどうするんだ」
「またまた 神山さんが滝川さんと一緒になって貰って
ほら判るでしょ ねっ お願いしますよ」
「おいおい 俺が良くても先方だって選ぶ権利があるんだぞ」
「そこを何とか 年に一回しかない 営繕課とサービス課のために」
「まあ 分かったよ 様子を見ながらな」
「やっぱり神山先輩だ」
「何が先輩だよ 都合のいい時だけだろ まったく ははは」
神山も営繕課の連中と呑み始めると 第2陣がやってきて
宴会の輪がだんだんと 大きく広がっていった
20時を過ぎる辺りになると 課長連中や部長が参加して
宴会はピークになり賑わいが最高潮になった
神山は人気者で サービス課の若い女の子に呼ばれたり
昔の部課長に呼ばれたり 色々と気を使ってくたびれてきた
「せんぱーい 呑みましょうよ 全然しらふですよ」
「そうかなー もうだいぶ呑んでいるぞ」
「駄目ですよ 呑んでくださいよ 折角参加してくれたんでしょ」
神山は進められるままに 呑んでいたが 若いのと一緒だと
ペースが早く 滝川さん所ではなくなると思った
神山は滝川を見てみると 部課長の相手をしているので
少し複雑な思いがしたが 滝川の事を好きに成った事が無いので
このままでもいいかと思うようになった
この頃になると大きな輪と小さな輪が出来て 仲間の輪が出来る
神山は業者が小さな輪で ひっそりと呑んでいるので 参加した
「やあ 今日はお疲れ様 大変だったでしょ」
「神山さんお久しぶりです 元気そうですね」
「まあね 先日ネコと久しぶりに呑んだんだ」
「ははは 聞きましたよ 又 寝過ごしたって」
「早い そうなんだよ それで次の日もネコちゃんところで呑んだ」
「もう神山さんは呑んでも暴れる人じゃないからいいですよね
呑みすぎると電車で旅行しちゃうから 安心ですよ」
「おいおい 何が安心だよ こっちの身にもなってくれ
でも少しでも寝ると 酒が抜けるからいいな 寝ないと駄目だ」
「今夜はまた熱海ですか」
「もう 今夜は横浜に帰るよ 毎日横浜を通過してどうする」
二人は大笑いしながら 呑んだ
神山はサービス課の女性軍を見るが 部課長の相手をしているので
幹事に先に失礼すると話し 宴会の輪から出た
歩いているとどこの宴会場でも男女が仲良く酒を酌み交わし
愚痴や励ましなど 楽しい時間を過ごしているようだった
まだ寒い日が続いているが 今夜は少し暖かく気持ちが良かった
神山は今夜は寝ないで横浜で下車しようと心にきめ
東京駅のキオスクでビールを買うのは止めようと思った
そろそろ大通りに出るところで 見かけた女性を発見した
(あれっ ニーナ・ニーナの久保さんじゃないか 花見かな)
神山は誘いたい気持ちと 帰りたい気持ちを天秤にかけた
誘いたい気持ちが働き 声をかけることにした
4月3日26時 代々木上原
「お待たせしました お部屋を片付けてきました」
「あっ どうもありがとうございます
今 夜景を楽しんでいたところです 綺麗ですね
こんな時間なのに高層ビルの照明が何ともファンタジーですね」
「素適でしょ 私この眺めが良くてこちらに決めさせて頂いたの」
「いいですよね 疲れて帰ってきたとき 素適な夜景を見ると」
「私の部屋のほうが まだ良く見渡せますよ」
「楽しみですね」
久保祥子は白のTシャツにスリムなジーンズに着替えていた
Tシャツになると一段と胸のふくらみが増したように思えた
エレベータは6階で止まった 扉が開いた
神山は又 驚いた
正面には 総ガラスがありそこから夜景を楽しむ事が出来るのだ
壁はグランドフロアと同じ仕様であった
廊下を挟んで向かい合っている部屋の入り口ドアの位置が
違うので怪訝そうな顔をしていると祥子が
「このドアの配置は オーナーさんの気配りだそうですよ」
「へー そうなんですか なんか少し馴染めませんけどね」
「扉が開いている時 向かい側のお部屋を覗き込まれないように
ドアの位置をずらしているそうです」
「そうなんですか」
「ええ このマンションは全てのお部屋が法人の賃貸なので
特にプライベートに気を遣われているそうです」
祥子がカードをスキャンさせドアを開けて神山を招く
部屋に入ると造立てのコンクリートの匂いと床のワックスの匂い
そして祥子の匂いがした
「わっ~ 素適なお部屋ですね まるでホテルに居るみたいです」
神山は正面のガラス窓から見える夜景に翻弄された
そこには新宿の華やかさはではなく 暗闇の中にぽつんぽつんと
見える可愛らしい光の群れで星空のようだった
入って右側にダイニングテーブルがあった
部屋の造りに合わせたのか木のテーブルが置かれていた
そこにはすでに上原出店の準備資料が置かれていて
「神山さん そこの資料で一番上の図面が展開図です」
祥子がカウンターキッチン越しに話してきた
「はい 分かりました 拝見させて頂きます」
「神山さん おなかすいたでしょ」
「ええ 少しすいています」
「私これから 簡単な物を作りますので図面を見ていて下さいね」
「あっ そんないいですよ お構いなく」
「そんな 私もおなかが空いちゃったのよ」
「はぁ それではお願いします」
「その前に はいビール」
「ありがとうございます」
祥子がカウンターから出てきて神山に良く冷えたグラスを渡し
瓶ビールを上手に泡立てながら注いでくれた
神山は一気に飲み干すと祥子は何も言わずビールを注ぎ
カウンターに戻って調理を始めた
神山は展開図面を見ると 什器など少し余裕がある配置で
顧客を上手に回遊させ商品をくまなく見て貰うようになっていた
神山は現在は装飾デザイナーだが入社8年目の時に
そのデザイン力が買われ 営繕課に移動した そこでも神山は
売場改装工事の管理や積算を行ったり 什器や備品類の
デザインも行い高い評価を受け 一年中忙しく働いた
営繕課6年目の時に人事異動と昇級があり 上野店催事課の
装飾デザイナー専門課長となった
神山はどの様な複雑な平面図でも熟考し見ていると
立体にする事が出来る能力が抜群に優れていた
(マンション販売などのチラシに載っているパースである)
今見ている上原の展開図も全て立ち上げた状態(パース)で
見ることが出来ていた
「なかなか良いレイアウトではないですか 僕なんかが
口出しするようなところは 全然無い完璧ですよ」
カウンターに居る祥子に向って言った
「そうですか 嬉しいわ そのレイアウト私が考えたの」
「素晴しい出来ではないですか」
「だけど 一箇所 煮詰めなければいけない所があるのです」
と言いながら 鍋を運んできた
「ハイ 召し上がってください お口に合うか分かりませんが」
「呑んだ後には 良くラーメンを召し上がる方が多いですけれど」
鍋の中には味噌仕立てのきしめんが入っていた
祥子は取り皿にきしめんを盛り付けし神山に渡した
味噌味が結構美味しかった 程よい大きさのねぎ
あげは湯煎されているので油濃くなかった
祥子は自分の分を小さな皿に盛り付け口に運んだ
神山は名古屋には出張で何回か行き食べているが
こんなに美味しい味噌煮込みきしめんは初めてだった
「なんか お店で頂く味より美味しいですよ
名古屋で何回か頂いているのですが 久保さんのは数段上です」
「そんなに褒めないで下さい」
「実は こちらでは美味しい八丁味噌が手に入らないのです
それで 実家から送ってもらう味噌と関東味噌を合わせたんです」
「しかし美味しいものは美味しいですよ 麺の固さも
柔らかすぎず硬すぎず 僕の口には合っています」
次回は5月3日掲載です
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