2012年4月28日土曜日

出会い 3 - 3 Vol. 1



4月3日 金曜日 快晴
鈴や銀座店催事課
課長の奥村は少し早めに出勤をし 本社秘書室の呼び出しに備え
少し落ち着かずにタバコをふかしていた
そこへ催事課経理の斉藤由香里が出勤してきて
「あら 奥ちゃん早いのね どうしたの?」
「うん ちょっと用事があってね コーヒーくれるかな」
由香里は課長の様子が普段と違うので 急いでコーヒーを入れ
「はい お待たせしました」
「うん ありがとう」
少しいらだった様子なので 直ぐに自分の席に戻り 仕事の
準備をしたり 会議テーブルの上を掃除したりした

由香里がバケツの水を交換する為に部屋を出た時 電話が鳴った
「はい 催事課の奥村です」
「おはようございます 秘書室の秋山です お待ちしていますので
今すぐに こちらに来て頂きたいとのことです」
「はい すぐに伺います」

奥村は筆記用具と社内規約と労働組合の規約を持って部屋を出た
「由香里ちゃん ちょっとでる 頼むね」
「はい 帰りは」
「うん 2,30分で終わる それから倉さんが着たら押さえて」
「はい 行ってらっしゃいませ」

本社ビルに入るとエレベーターのボタン8階を押して
箱が来るのを待った
扉が開くと奥村はエレベーターから降りて来た社員に挨拶をし
自分が箱に乗ると8のボタンを押して扉が閉まるのを待った
奥村は8階で降りると真っ直ぐに秘書室に行き挨拶をすると
秋山は副社長室に入り 奥村を部屋に招いた
「社長 おはようございます」
「やあ 奥ちゃん 成功したぞ よかったな まあ座れ」
「はい ありがとうございます」
奥村は深々とお辞儀をして挨拶をした
「名古屋も仕方ないと言っていた ワシも同感だ」
「ありがとうございます」
「それで 催事課は大丈夫なんだろうな 後から泣くなよ」
「はい 大丈夫です 神山君は出来ます それに若い杉田も
今力をつけるいいチャンスです」
「うん 分かった それでだ 人事辞令は6日9時15分
銀座店秘書課で行う くれぐれも遅刻しないように」
「6日月曜日9時15分ですね 畏まりました」
「うん 以上」
奥村は立ち上がると 深々とお辞儀をして部屋から出た
秘書室を出る時に奥村は顔がにこやかに晴れていた
秋山が奥村を見て挨拶をすると
「奥村さん 何か良いことがあったみたいですね」
「えっ 分かりますか?」
「ええ 顔に書いてありますよ ふふふ」
奥村は嬉しくなり自然と大股で歩き エレベーターに向かった

催事課の部屋に入ると 倉元が出勤していて
「おう 奥ちゃんおはよさん 早いね」
「倉さん おはようございます ええ行って来ました」
「おう そうか」
「倉さん ちょっといいですか」
「おう そっちの部屋がいいだろう」
「由香里姫 悪いけれどコーヒー2つ」
「はい 分かりました」

奥村は倉元が会議室に入ると 副社長の事を伝えた
「そうか よかったな」
「それでどうでしょうか 翔に伝えて話してみませんか」
「そうだな いくらなんでも突然より 事前に話したほうがいいな」

「お邪魔します コーヒーです」
「おう ありがとう」
「由香里姫 翔がきたら ここに来るように言ってくれ
それから緊急以外は立ち入り禁止 いいね」
「はい 分かりました」
由香里が部屋から出ると 奥村は仕事の進み具合などを確認した
まず神山が抜けて一番の打撃はお中元装飾がある
お中元ギフトは7月からが最大のピークを迎えるが
5月に入るとギフトセンターを中心に段々と広くしていく
毎年の事だが5月の半ばにはデザインが決まっていないと
各業者に発注できないし スケジュールも組めなくなる
あと6月までに外商顧客中心のホテル催事が3本ある

「倉さん ホテル催事については どうでしょうか
山ちゃんが主になってやって貰えないでしょうか」 
「うーん 上原の完成とぶつからなければいいがな、、、」
「上原は それでどこまで進んでいるんですか」
「うん 借りる事は借りる ただ家賃交渉をしていると言っていた」
「そうすると平面図はまだ出来ていないんですね」
「おう 内緒で図面を取り寄せて計画は進んでいると聞いた」

二人が沈黙をしていると ドアがたたかれ
「あのー 杉田ですが、、、」
「おう 筆記用具もって入れ」
「はい ただいま準備します」
杉田が部屋に入ると奥村が
「いいか 絶対に内緒だぞ」
「はい わかりました」
「おう 実は山ちゃんの仕事が増えたんだ それで君にも覚悟して
貰わないといけないんだよ いいかな」
杉田はきょとんとして 話を聞く事にした
「じつはな ニーナ・ニーナって知っているな あそこの
アンテナショップが 代々木上原に出来るんだ そこでだ
山ちゃんの力が必要になり 向こうの現場も見る事になった
しかし 銀座店は俺と君しか居なくなると困る わかるか」
「はい 充分すぎるくらい分かります」
「翔 そこで倉さんと話したんだが お中元の飾り付けや
現場仕事は翔に任せても デザインの段階の時には
山ちゃんに入って貰わないと無理だと思う どうだ」
「ええ その通りです まだまだ自分ひとりじゃ 無理があります」
「お中元のデザインだが 具体的にどこの範囲まで出来るかな」
「うーん 先輩が居なかった時を考えれば 出来ていましたが
反省会の時も言われたように あちこちで小さなミスが出ました
なので 現場も多少携わって頂いたほうが 集中できます」        
「そうか そうだよな あの時 店長から小言を頂いたからな」

奥村は考え込んでしまい 倉元もいい案が無いか考えた
杉田にとっては ミスを最大限に留めるにも神山の現場監督は
絶対に必要と考えていた


「やあ 由香里姫 おはよう」
「おはようさん あれ そのジャケットどうしたのよ」
「分かる 格好いいでしょ」
「分かるわよ だって外商で持ち回りの高いジャケットよ
いつ買ったっけ そのジャケット、、、」
「ははは 昨日さ まあ詮索はそのくらいにして みんなは?」
斉藤由香里は会議室を指差して 手を交差しバツをした
神山は小さな声で由香里に聞くが よく分からないと言われた
「ただね 翔君も一緒なのよ おかしいわね」
神山は昨日と一昨日の事は自分でなく杉田だったのかと思った
「ねえ お昼一緒に行かない 外がいいな」
「うん どうしたの」
「ほら また休みなんだ」
由香里は少し離れた隣の市川の事を指した
「そうだな 確かきのうも休んでいただろ どうしたんだあいつ」
「うん それでね ちょっと相談があるの 早く出ちゃおうか」
「うん いいけど まだ早すぎるよ」
「ねえ 築地のいせ丸に行こうか」
「いいですよ 今日は暇だし ゆっくり出来るかな」
「予約を入れておくわ じゃあとでね」

神山は席に座ると 杉田のことを考え 仕事がはかどらなかった
納品伝票に押印したりしていると3人が 部屋から出てきたが
みな無口で 少し普段と違った様子だった
杉田が席に着くと神山が
「おい 翔おはよう どうした 沈み込んで」
「先輩 おはようございます」
そう言うと 自分の席にある書類を見たり整理し始めた
神山は倉元や奥村に挨拶をしたが 返事が暗かった

斉藤由香里が時間になったので奥村に進言しお昼の許可を貰った
神山のところに来て小さな声で
「さあ 行きましょう OK貰ったから」
神山は頷いて 倉元と杉田に断って部屋を出た

「なんだよ みんな黙って ぜんぜん面白くないな」
「なんか可笑しいわね 実はね 今朝は奥ちゃんの方が
先にきていて 労働規約を読んでいたのよ
それでね イライラしていて 少し近寄りがたかったのよ」
「へぇー そうなんだ」
「それで私がバケツの水を取り替えている時に 何処かへ行ったわ
この時期にこそこそしているなんて 可笑しいわ
ねえ 市川さんの事かしら 私 なんだか心配だわ」
「うーん」
「帰ってきた時には 笑顔に戻っていたんだけど また暗いわね」
神山と斉藤由香里はタクシーを拾って築地いせ丸へ向かった

暖簾をくぐると女将が笑顔で迎えてくれて奥の座敷に案内された
女将は斉藤由香里と小さな声で話し 頷いて厨房に戻っていった

「ねえ 市川さんの事だけど 先日私の友人が見かけたのよ」
「なにお」
「若くて髪の毛が長い女性とキスをしているところ」
「えっ キス、、、」
「うん そうなのよ だから浮気をしているんじゃないかって
その友人とも話していたの」
「まさかぁー あいつはかあちゃん思いでそんな事出来る人間じゃないよ」
「そう思うでしょ でも若い女の子の間では 結構有名な話よ」
「へぇー でも元気があって いいじゃないか」
「それはそれとして 会社を有給で休むって可笑しいでしょ」
「だって仕方ない事だろ 急に用事が出来たりさ」
「その女のために用事?」
「えっ なんで?」
「先日ね 有給で休んだ時に 奥さんから課長のところに電話があったの」
「うん」
「内容は『この頃 帰りが遅かったり 定休日出勤も毎週です
なにかうちのに不手際があったのでしょうか?』って」          
「えっ 定休日出勤?ほんとうかよ」
「更にね『昨夜は帰宅しないで 徹夜作業と言っていましたが
今朝から全然連絡が取れないんですが そのような現場に
うちのが配属されているんですか どうなんですか』って
だから課長も 言葉を選んで答えていたわ」
「おいおい でもなぜ内容が分かるんだよ」
由香里はちょっと舌先をぺろっとだして
「聞いちゃった だって市川さんの奥さんでしょ なにかなぁーって」
「こら 盗み聞きして 悪い子だ だけどなんだろうな」
「浮気とか遊びかな でもこのままだと催事課に居られなくなるね」
「うーん どうしたもんだろ それで課長はどうするって」
「うん 一応本人に確認してみますって そう言ったわ」
「そうしたら ばればれじゃないか」
「だって仕方ないでしょ 別に催事課の仕事じゃないんだから
可能性としては どこかでアルバイトをしているかもしれないし」
「まあな その方が助かるけれどな、、、
けどアルバイトとキスの事を一緒にされたんじゃ可哀想だよ」

二人が沈黙をしていると 襖が開き店員が海鮮魚の盛り合わせと
ビールを運び 座卓に並べると お辞儀をして襖を閉めた
神山と由香里は美味しいといい 良く箸を動かし食べると
由香里は日本酒を注文した
神山もお酒には相当強いが 由香里は更に強く 体調がいいと
呑んでも全然崩れる事は無かった
神山が銀座店移動になり 昼食時から日本酒を飲む由香里で
大丈夫かと思ったがミスなく仕事を済ませて驚いた事があった
その事を知っているので 催事課の連中も由香里に対し昼から
お酒を呑むなと言わなかった
勿論 催事課の連中はみなお酒には強く 特に倉元は一日中
呑んでいても全然崩れずに平気で仕事をこなした

「ねえ この頃全然誘ってくれないでしょ 私を避けているの」
「えっ そんな事無いよ 忙しいだけさ」
(だって 昨年のクリスマスの時 僕が誘っても 市川の誘いに
ついていっただろ 今回の事だって 貴女が関係しているじゃないの)
神山は喉まででかかった言葉を飲み込み
「そのうちに 時間を作るからさ 機嫌悪くしないで ねっ」
「ふーん 覚えておくわ」

「失礼します さあ由香里さん お持ちしましたよ」
女将は由香里から頼まれたお好み寿司の盛り合わせを運んできた
「わぁー 美味しそうね さあ山ちゃん食べましょう」
神山も美味しそうな握りや巻物を食べ始めた

ゆっくりと食べたので部屋に戻ったのは14時を過ぎていた
神山は奥村に食後の挨拶を済ませると
「なんだー山ちゃん 今夜もお誘いが来ているよ いいなぁー
今 上野店サービス課の可愛い声した人から電話があった
内線を控えたから 大至急電話してくれないか」
神山は奥村に礼を言って席に戻ると 上野店の内線に架電した
「はい サービス課の百瀬です」
「銀座店の神山でーす こんにちわ」
「わぁー お久しぶりです お元気そうでなによりです
ところで お聞きになっていると思いますが 今夜は大丈夫ですか?」
「うん 参加させてもらいますよ」
「きゃぁー 嬉しいわ、、、参加だって、、、もしもし」
「どうしたの 周りがきゃぁーきゃぁーと騒がしいけれど」
「だって 誰が電話するかアミダで決めたんですよ だから私の周りには
神山さんのファンが一杯いるんですー」
「ははは ありがとう 昨日 亜紀さんに会ったよ 変わらず美人だ」
「ええ 全部情報は入っていますよ 泣いている赤ちゃんを抱いたら
ピタリと泣き止んだ事まで」
「おいおい そんな事まで入っているのか 参ったなぁー ははは」
「それで神山さーん 私達数名は早帰りなんです だからデートしましょ」
「うん いいよ 何時にどこだ」
「フレックスタイムでしょ そうすると4時30分にはこちらに
来ていただく事が可能ですよね」
「うん しかし5時にしよう そうすれば大丈夫だ」
「はーい そうしたら5時にうちの前にある木村屋さんの3階に
パーラーがあるでしょ そこでお待ちしています」
「うん 分かった 木村屋の3階だね じゃあ頼みます」
「はーい お願いしまーす」

電話を置くと隣の杉田が神山に                                 
「いいですね 女の子に囲まれて 羨ましいなぁー」
「ははは お仕事 お仕事ですよ さて 翔 何をしているんだ
店外催事の図面なんか開いて 店外やりたいのか いいぞ」
「べっ、べんきょう しているんですよ ねえ そのうちにと思い」
「うん 偉い 何事もそう前向きじゃないと 駄目だぞ」
タイミングよく倉元が杉田に
「おう 翔 どんどん教えてもらえよ」
「はっ、はい 教えてもらいます」
この時 神山は翔が何か隠していると感じるものがあった

神山は余計な詮索をせずに 仕事に集中する事を決め書類の整理を
始めた時に 奥村の直通電話に入電があり由香里がでた
電話は市川からで 由香里は驚いたが奥村に替わった
奥村は頷いて話を聞いていたが 
「分かった なら明日は定刻どおり出勤だな うん分かったじゃあ」
そういうと何事も無かったように 受話器を戻し書類に目をやった

神山は市川のことを倉元が知っていると思い聴いてみると
「おう 市川君は山ちゃんの同期だったな 心配するのは分かるが明日だ」
神山は礼を言って席に戻り業者や売り場と連絡をしたり書類の整理をした
(うーん 何かが動いているが 市川だとアルタは関係ないし、、、)
書類を整理していても アルタと筒井の事が頭から離れなかった
暫くして腕時計を覗いてみると16時30分を指していたので
奥村課長に進言をした
「奥ちゃん そろそろ上野にいくので すみませんが」
「やあいいなぁー 可愛い子ちゃんと花見か 行きたいなぁー」
「ははは いいですよ 後で来てくださいよ」
「それは冗談として 明日は10時に来てください」
「えっ だって明日は休みを入れてあるんですが、、、」
「おう 山ちゃん 明日は大事な話があるんだとさ 俺も来るんだよ」
「はい 10時でいいですね」
「うん 頼みます」
神山はスキットしない気分だったが 倉元がああ言うので我慢した
「じゃ翔 なにかあったら携帯電話までな 頼んだよ 倉さんそれでは」
「おう 一杯呑んでこいや」
「では」

神山は催事課の部屋を出ると 少し釈然としなかったが 明日には
色々な事が分かると思い これからの楽しみを期待し有楽町駅まで
大急ぎで歩いていった


「やあ お待たせしましたー」
「きゃぁー 神山さんだわ いらっしゃーい」
「わぁー えーっと 凄いなぁー こんなに集まって」
「神山さん こんばんわ いらっしゃい」
「お久しぶりです 滝川さんまで 大丈夫ですか、、、」
「大丈夫よ まだまだ頼りになる子が一杯居るから 安心よ」
神山は上野鈴や向かいにある 木村屋3階のパーラーに着いた
木村屋は高級ブランドのファッションや小物を扱っているが
鈴やと競合しないよう ターゲットを若者中心に品揃えしている
特に若い女性に人気があり 鈴やの社員にも評判はよかった
1、2階が店舗で3階がパーラー4階がレストランという構成だ
4階のレストランはどちらかと言えば洋食屋に近く 味があっさりで
メニューが豊富なところが 女性に人気がある一因になっている

「神山さーん こっちのテーブルにも来てー ほら新人さんよ」
「そうよ 神山さんを一目見たくて来たんだから 早くぅー」
「はいはい ちょっと待っていてね 直ぐにいくよー」
「神山さん いつまでも人気者ね 羨ましいわ」
「そんな 滝川さんだってまだまだ美しいですよ ほんと」
「ふふふ いつもお上手ね でも大変ね銀座の催事課」
「ああ 由香里姫から聞いたんですね ええ 何かが動いていて
僕自身良く分からないんですよ でも明日朝に何かが分かります」
「そう でも考えても仕方ないから楽しみましょうよ」
「ははは さすが関東一の切れものですね 早いや」
「まあ 褒めて頂いても ここは神山さんのお勘定よ」
「えっー まあ仕方ないですね では子供のところに行ってきます」
「ふふふ はい どうぞ」
「お待たせしました 百瀬さん先ほどは綺麗な声でありがとう
うちの奥村課長が とても綺麗な声だって褒めていたよ」
「ほんとですかぁー 逆に妬まれたんじゃないんですか?」
「なぜ分かるの そのとおり 妬まれたよ
だけど 声の綺麗さは 凄い褒めていたぞ あれは本音だ」    
「まぁ しかし ねぇ 奈々子 声を褒められてもねぇー」
「そうそう この美貌を褒めてくれたら 奥村さんのファンになる」
「そうよね 若い美貌を見ずして美人を語る事無かれ あれぇ」
「ははは 伝えておくよ 名言だ」
「ねえー 神山さん この子が陽子ちゃん その子が麻衣子ちゃん」
「陽子でーす お願いしまーす ふふふ」
「私は麻衣子です よろしくでーす」
「おー 若くてピチピチしているね ほんと凄い」
その時 百瀬ゆうこが人差し指を口に当てると 神山は頷いて
「さあ 僕は向こうに戻るよ」
ゆうこは何も言わずにニコニコして頷いた

神山が滝川のテーブルに戻ると
「ねえ神山さん 市川さんがなにか可笑しいって聞いたんだけど」
「うーん よく判らないんですよ でも明日出勤するそうですよ」
「私生活の乱れで出勤できないなんて ちょっと危ないわね」
「まあそうですね」
神山は上野店の人間なのに何を心配しているのか分からなかった
自分が心配するなら分かるが それとも上野店に彼女が居るのか
「なにか新しい情報はあるんですか?」
「ううん ほら由香里さんから聞いた事だけだから、、、」
(そうか由香里さんが 色々と話を流しているのか、、、)
「まあ 明日になれば本人から聞く事も出来るし 課長も
そのつもりでいるんじゃないでしょうか」
神山と滝川はそこで話が切れると滝川恵美は
「ねえ 亜紀ちゃん元気でしたか?」
「ええ 全然変わらずに元気で 赤ちゃんも元気でしたよ」
「女の子の年子って大変だけれど 10年も我慢すれば 楽になるわ」
「ほんと 双子のように片方が泣けばもう片方も泣いていました
泣いた時に 抱っこをしてあげたんですよ そうしたらぴったと
泣き止んで もうこの子は僕の事好きなんだといって 大笑いです」
滝川は口に手を当てて大笑いした
「私が抱っこした時は泣き止まなかったわ おしめだったの」
二人はまた顔を見合わせて笑った


銀座店催事課では奥村がみんなを会議テーブルに集めた     
「今日 集まって頂いたのは 神山課長のことです」
倉元や杉田は知っていたが 奥村の言葉を聴いていた
「実は 我が社と協力関係にあるニーナ・ニーナさんが 近いうちに
新店舗を出店しますが一つ問題が出てきて 神山課長の力を
お借りしたいと申し出がありました この申し出は施工業者の
アルタさんからも是非 神山課長の力がどうしても必要と言われ
催事課として果たして正常な 機能を果たせるかと考えましたが
残る倉元部長と杉田係長が 条件付で承諾して頂き決定しました
決定内容は 出向社員で勤務先は代々木上原事務所です
その条件はお中元装飾まで銀座店の現場も見るという事です
まあ 二束の草鞋です 以上です なにかありますか
それから 明日10時に全員に伝えますので 遅れないように」
倉元と杉田は予め聞いていたんで 質問は無かったが
催事課課員の動向を把握している由香里は色々と考え質問した
「出退勤のことやお休みの件はどうされるんですか?」
「うん この出向については本社サイドが言うのに 
対外的なことを考え合わすと 部長職出向と考えるそうだ
だから 部長と同様の扱いになる まあ自分で管理になるね」
「それで いつからですか?」
「うん まだ公にしないでくれ でも、、、業者の事があるか」
「おう そうだぞ業者には早めに翔を売り込んでおかないと」
「そうですね じゃ社内には秘密で お願いします
4月6日月曜日9時15分人事辞令です うちの秘書課ね」
「へぇー 山ちゃんが出向になるんだぁー」
由香里は先ほど神山が心配そうに話していた事が 自身の出向とは
なんだか割り切れない気持ちだった
今頃は上野店の滝川恵美と話しているので 教えたい気持ちで
一杯になったが 直にきいて貰った方がいいと思った

会議が終わると倉元は奥村に
「おう 奥ちゃん これから業者さんに電話をして 月曜日の朝
ここに来て貰うのはどうだ さっきの引継ぎの件もあるし」
「うーん そうしましょう 山ちゃんに一言お願いして 
翔のことも売り込んで貰わないといけないですからね」
「一応 この部屋に入るくらいの人を呼べばいいな」
「ええ お願いできますか」
「おう そうしたらこれから電話をして9時30分でいいか」 
「ええ 挨拶が終わったらみんな帰るでしょうから 
その時間でいいと思います かえってお昼に来られると大変です」
「それからお祝いはどうするんだ 出向部長とはいえ部長だからな」
「由香里ちゃん ちょっときてくれ」
奥村は席で計算をしている斉藤由香里を呼んだ
「なんですか?」
「ほら 山ちゃんのお祝い会の事なんだけれど いくら余っている」
「ああ えーっと まだ10万円くらい有りますよ」
「そうか そうしたら 倉さんどうでしょうか ここでするのは」
「うん そうするか」
「築地からお寿司を取り寄せて酒を買えばそんなものだと思いますよ」
「うん 分かった で いつにする」
「明日 市川が出てくるので スケジュールを早急に決めますよ」
「うん 頼んだぞ 余り遅いと 有難味が薄れるからな」
「そうそう 僕の場合がそうだったんですよ よく判ります はい」
倉元は席に戻ると普段余り顔を見せない業者を中心に電話をした
中にはどの位包んできたらいいか訪ねる業者も居たが 倉元は
部長昇進という常識の範囲でお願いすると伝え 金額は言わなかった

斉藤由香里が管理しているお金は このようにお祝い事があると
業者から催事課にくるお金もあった
これを貯金し催事課の旅行や課員の冠婚葬祭等に使うようにしている


上野公園は平日なのに込み合っていた
上野店営繕課の若い課員は朝から場所とりで 出勤すると決められた
エリアのところに青いビニールシートで場所を確保していた
退社してくる仲間のために 一日中見張りをしなければいけなかった
今年は社員2名と業者の参加で3名応援に駆けつけてくれた
神山はサービス課の若い子を連れて 確保してあるところに行くと
もう 出来上がっていて 顔が真っ赤になっていた
「いらっしゃい 神山さん そしてサービス課のみなさん どうぞ」
「うん ありがとう もう直ぐ次の連中がくるだろう」
「ええ 早く来て欲しいですよ もう大変ですよ
でも 今年は彼らも手伝ってくれたんで 楽は楽でしたね」
「もうだいぶ出来上がっているね」
「ええ しかし課長や部長が来るまではしっかりしていないとね」
「うん いくらお祭りでもな そこは呑んでも呑まれるな」
「神山さんはゆっくり出来るんでしょ」
「ああ そのつもりだよ」
「そうしたら 先日のカラオケに行きましょうよ」
「ははは 700点か」
「ええ ほらサービス課の子を誘って 行きませんか」
「なんだ そっちの話か あのさ滝川さんもいるだろどうするんだ」
「またまた 神山さんが滝川さんと一緒になって貰って
ほら判るでしょ ねっ お願いしますよ」
「おいおい 俺が良くても先方だって選ぶ権利があるんだぞ」
「そこを何とか 年に一回しかない 営繕課とサービス課のために」
「まあ 分かったよ 様子を見ながらな」
「やっぱり神山先輩だ」
「何が先輩だよ 都合のいい時だけだろ まったく ははは」

神山も営繕課の連中と呑み始めると 第2陣がやってきて
宴会の輪がだんだんと 大きく広がっていった
20時を過ぎる辺りになると 課長連中や部長が参加して
宴会はピークになり賑わいが最高潮になった
神山は人気者で サービス課の若い女の子に呼ばれたり
昔の部課長に呼ばれたり 色々と気を使ってくたびれてきた
「せんぱーい 呑みましょうよ 全然しらふですよ」
「そうかなー もうだいぶ呑んでいるぞ」
「駄目ですよ 呑んでくださいよ 折角参加してくれたんでしょ」
神山は進められるままに 呑んでいたが 若いのと一緒だと
ペースが早く 滝川さん所ではなくなると思った
神山は滝川を見てみると 部課長の相手をしているので
少し複雑な思いがしたが 滝川の事を好きに成った事が無いので
このままでもいいかと思うようになった
この頃になると大きな輪と小さな輪が出来て 仲間の輪が出来る
神山は業者が小さな輪で ひっそりと呑んでいるので 参加した
「やあ 今日はお疲れ様 大変だったでしょ」
「神山さんお久しぶりです 元気そうですね」
「まあね 先日ネコと久しぶりに呑んだんだ」
「ははは 聞きましたよ 又 寝過ごしたって」
「早い そうなんだよ それで次の日もネコちゃんところで呑んだ」
「もう神山さんは呑んでも暴れる人じゃないからいいですよね  
呑みすぎると電車で旅行しちゃうから 安心ですよ」
「おいおい 何が安心だよ こっちの身にもなってくれ
でも少しでも寝ると 酒が抜けるからいいな 寝ないと駄目だ」
「今夜はまた熱海ですか」
「もう 今夜は横浜に帰るよ 毎日横浜を通過してどうする」
二人は大笑いしながら 呑んだ

神山はサービス課の女性軍を見るが 部課長の相手をしているので
幹事に先に失礼すると話し 宴会の輪から出た
歩いているとどこの宴会場でも男女が仲良く酒を酌み交わし
愚痴や励ましなど 楽しい時間を過ごしているようだった

まだ寒い日が続いているが 今夜は少し暖かく気持ちが良かった
神山は今夜は寝ないで横浜で下車しようと心にきめ
東京駅のキオスクでビールを買うのは止めようと思った
そろそろ大通りに出るところで 見かけた女性を発見した
(あれっ ニーナ・ニーナの久保さんじゃないか 花見かな)
神山は誘いたい気持ちと 帰りたい気持ちを天秤にかけた
誘いたい気持ちが働き 声をかけることにした


4月3日26時 代々木上原

「お待たせしました お部屋を片付けてきました」
「あっ どうもありがとうございます
今 夜景を楽しんでいたところです 綺麗ですね
こんな時間なのに高層ビルの照明が何ともファンタジーですね」
「素適でしょ 私この眺めが良くてこちらに決めさせて頂いたの」
「いいですよね 疲れて帰ってきたとき 素適な夜景を見ると」
「私の部屋のほうが まだ良く見渡せますよ」
「楽しみですね」
久保祥子は白のTシャツにスリムなジーンズに着替えていた
Tシャツになると一段と胸のふくらみが増したように思えた

エレベータは6階で止まった 扉が開いた
神山は又 驚いた
正面には 総ガラスがありそこから夜景を楽しむ事が出来るのだ
壁はグランドフロアと同じ仕様であった
廊下を挟んで向かい合っている部屋の入り口ドアの位置が
違うので怪訝そうな顔をしていると祥子が
「このドアの配置は オーナーさんの気配りだそうですよ」
「へー そうなんですか なんか少し馴染めませんけどね」
「扉が開いている時 向かい側のお部屋を覗き込まれないように
ドアの位置をずらしているそうです」
「そうなんですか」
「ええ このマンションは全てのお部屋が法人の賃貸なので 
特にプライベートに気を遣われているそうです」
祥子がカードをスキャンさせドアを開けて神山を招く

部屋に入ると造立てのコンクリートの匂いと床のワックスの匂い
そして祥子の匂いがした
「わっ~ 素適なお部屋ですね まるでホテルに居るみたいです」
神山は正面のガラス窓から見える夜景に翻弄された
そこには新宿の華やかさはではなく 暗闇の中にぽつんぽつんと
見える可愛らしい光の群れで星空のようだった
入って右側にダイニングテーブルがあった
部屋の造りに合わせたのか木のテーブルが置かれていた
そこにはすでに上原出店の準備資料が置かれていて
「神山さん そこの資料で一番上の図面が展開図です」
祥子がカウンターキッチン越しに話してきた
「はい 分かりました 拝見させて頂きます」
「神山さん おなかすいたでしょ」
「ええ 少しすいています」
「私これから 簡単な物を作りますので図面を見ていて下さいね」
「あっ そんないいですよ お構いなく」
「そんな 私もおなかが空いちゃったのよ」
「はぁ それではお願いします」
「その前に はいビール」
「ありがとうございます」
祥子がカウンターから出てきて神山に良く冷えたグラスを渡し
瓶ビールを上手に泡立てながら注いでくれた
神山は一気に飲み干すと祥子は何も言わずビールを注ぎ
カウンターに戻って調理を始めた
神山は展開図面を見ると 什器など少し余裕がある配置で    
顧客を上手に回遊させ商品をくまなく見て貰うようになっていた

神山は現在は装飾デザイナーだが入社8年目の時に
そのデザイン力が買われ 営繕課に移動した そこでも神山は
売場改装工事の管理や積算を行ったり 什器や備品類の
デザインも行い高い評価を受け 一年中忙しく働いた
営繕課6年目の時に人事異動と昇級があり 上野店催事課の
装飾デザイナー専門課長となった

神山はどの様な複雑な平面図でも熟考し見ていると 
立体にする事が出来る能力が抜群に優れていた
(マンション販売などのチラシに載っているパースである)
今見ている上原の展開図も全て立ち上げた状態(パース)で
見ることが出来ていた
「なかなか良いレイアウトではないですか 僕なんかが 
口出しするようなところは 全然無い完璧ですよ」
カウンターに居る祥子に向って言った
「そうですか 嬉しいわ そのレイアウト私が考えたの」
「素晴しい出来ではないですか」
「だけど 一箇所 煮詰めなければいけない所があるのです」
と言いながら 鍋を運んできた
「ハイ 召し上がってください お口に合うか分かりませんが」
「呑んだ後には 良くラーメンを召し上がる方が多いですけれど」
鍋の中には味噌仕立てのきしめんが入っていた
祥子は取り皿にきしめんを盛り付けし神山に渡した
味噌味が結構美味しかった 程よい大きさのねぎ 
あげは湯煎されているので油濃くなかった
祥子は自分の分を小さな皿に盛り付け口に運んだ
神山は名古屋には出張で何回か行き食べているが
こんなに美味しい味噌煮込みきしめんは初めてだった
「なんか お店で頂く味より美味しいですよ
名古屋で何回か頂いているのですが 久保さんのは数段上です」
「そんなに褒めないで下さい」
「実は こちらでは美味しい八丁味噌が手に入らないのです
それで 実家から送ってもらう味噌と関東味噌を合わせたんです」
「しかし美味しいものは美味しいですよ 麺の固さも 
柔らかすぎず硬すぎず 僕の口には合っています」





次回は5月3日掲載です
.

2012年4月23日月曜日

出会い 2 - 2 Vol. 3



筒井はテラスに出ると 外の空気を思い切り吸った
テラスが西向きにあるので 朝日は見る事が出来ないが
日が沈む光景は独り占めできそうだった

「部長 全て確認しました 予定通り全ての器具が使えます」
「うん ありがとう」 
「佐藤さん ありがとうございます」
「いえいえ こちらこそ ありがとうございます
そうそう 先ほど内藤から電話がありまして OKですよ
それで 今日中にお店と本社でつめを行うそうです」
「早いですね 助かった」
「そうですね そうしたら 現場も直ぐに入って貰えますね」
「ええ 助かりますよ」
「うちも助かりますよ なにしろ山ちゃんだったら 任せられる」
「本当ですね 鈴やじゃ勿体無いですね」
「ええ 独立したら うちのライバルになりますよ」
「そんなに腕が立つんですか」
「ええ 上野の時にはあまりみなさんが気が付かないだけで ええ」
「はぁー 良かったですね 仲間で」
「そうですよ 良かったです」
「では 私は先に下で契約書を製作します」
「そうですか では終わったらエントランスでお待ちしますよ」
「はい お願いします」
筒井は佐藤にそういうと1階の管理人室で 賃貸借契約書の作成と
入居に関する手続きを行った
本来 不動産屋に行かなければならないが オーナー管理人で
不動産業も行っているので 自宅で業務が出来る

筒井はカードキーを渡されると管理人に
「暗証番号は 先日伺いました 6桁の番号にしてあります
お帰りの時に試してください お願いします」
筒井と管理人が待ち会いで話していると 佐藤が降りてきて
備品類の搬入日時や養生の話を詰めた

佐藤の話だと4日のお昼までに備品類の搬入を終えて
夕方までに配線など全て終わるという
神山の入居は5日の日曜日にはOKだという               
「佐藤さん そうしたら5日に入居してもらいましょう」
「それがいいでしょ そうだ5日の入居の時 横浜から荷物を
持ってこないといけないでしょ だから、、、
横浜店を差し向けて荷物を運びますよ」
「そうですね ありがとうございます」
「いえいえ 備品類が横浜に届くのがあるので 何回も運ぶより
一回で済みますからね」
「そうですね 何が来るんですか」
「ええ 大きなテーブルですよ ほら図面を開くでしょ
机が小さいとどうしょうもないでしょ だから大きいですよ」
「なるほど」
「後は大型のモニターも来ますよ」
「へぇー なにに使うんですか」
「ええ パソコンの画面だと小さいでしょ だからモニターで
見ながら説明できるし便利ですよ TVもつなげられるし」
「へぇー いいですね 山ちゃんに期待しましょう」
筒井と佐藤はエントランスで握手をして別れた


「翔 そろそろお昼しよう」
「ごちでーす」
「なんだよ いつもじゃないか 倉さんはどうされますか」
「おう 俺は用事がある 二人で呑んでこいや」
「翔 お許しが出たぞ」
「部長 ありがとうございます では行ってきます」
「倉さん 僕はこのまま帰ります」
「おう そうだな お疲れー」
神山と翔は催事課の部屋を出ると 
「翔 なぜ聞いたんだよ」
「何をですか?」
「昨夜の事だよ もう少し様子を見てから聞こうと思ったのに」
「そうですね 反省しています ごめんなさい」
「多分 二人には内緒で何か動いているな」
「そうですよね あの返事の仕方って 可笑しかった」
「だろう 可笑しいよ なにか隠しているな」
「先輩 何食べますか?」
「翔は何食べる?」
「久しぶりにしゃぶしゃぶなんか食べたいなー」
「また しゃぶしゃぶかよー この間食べたばかりだろ もう」
二人は楽しそうに話しながら 銀座通りを歩いた


一方 催事課では奥村が倉元を会議室に呼んだ
「倉さん 基本OKですよ」
「おう 店長もOKだった」
「それで 今日中に東京の意見を名古屋に話をして
結果は今夜出るそうです 多分OKだと言われていました」
「良かったな」
「ええ でも みんなに話すタイミングが」
「本人が居てもいいじゃないか」
「そうですね」
「そうしたら 明日午前中に返事が貰えるんだな」
「ええ 秘書室から呼び出しがあるそうです」
「タイミングとしては 夜だな そのまま何処かに流れてもいいし」
「そうですね そうしましょう
そうそう 先ほど 筒井さんから電話があって 
入居は5日で OKですって それで横浜から荷物を運ぶのは
アルタが運ぶ段取りをしているそうです」
「なるほど 備品は横浜から入れるんだな
だとすると 5日は休ませて そちらに専念した方がいいな」
「そうですね 荷物といっても緊急なので とりあえずは
ここ当分の着替えで済むでしょ 備品類は結構揃えるそうですよ」
「羨ましいな」
「でも 事務所件住居ですからねー 落ち着けるといいですね」
「そうだな 落ち着いたら 御呼ばれしよう」
「そうですね」


「じゃあ 翔 しっかりとがんばれよ」
「はい 先輩 ごちそうさまでした」
「うん じゃあな」
神山は杉田と別れると有楽町駅まで歩き東京駅に向かった
東京駅に着いた神山は発車まじかの電車を見送り
キオスクでビールを買って次に発車する電車に乗り込んだ       
神山はしゃぶしゃぶ屋でもビールにワインも呑んでいて
相当気持ちがよくなり ビールを呑むと発車前に寝てしまった

「お客さん 終点ですよ お客さん」
神山は眠たい目をこすり
「終点? えっ終点ですか?」
「ええ 終点です 降りてください」
「どこですか?」
「伊東です」
「伊東?」
神山は熱海を通り過ぎ 伊東まで乗り越しをしてしまった
東京駅発伊東駅終点の電車は2時間に1本しかない電車だ
その電車に乗車した事は 不幸中の幸いだった
もっともお昼の時間帯は 小田原や熱海が終点になっている

神山は電車を降りると ベンチに座り考えた
このまま横浜に帰っても何も出来ないし さあどうするかと
(そうだ ネコのところに泊まろう しかし予約しないと、、、)
会社の寮は原則 福利厚生課へ事前に申し込みをしないと
いけない事になっている しかし友人という事でどうか、、、
暫く考え 熱海の寮に電話をした
「やあ 山ちゃん 昨夜はありがとう 早速どうしたの」
「ははは 今さ伊東にいるんだ 今夜泊めてくれる?」
「ああ 来いよ 手ぶらで来いよ」
「分かった 伊東からだと45分くらいだね」
「うん そんなモンで大丈夫だよ でもどうして?」
「うん 寝過ごした」
「ははは またいつもの癖が出たね」
「ああ お昼に呑み過ぎた」
「いいよ 今日は泊りが無いからいいよ ただ料理は期待するなよ」
「分かったよ ありがとう」

神山は上り電車の時刻を調べてベンチに座った
暫く待つと入線した電車に乗り熱海駅で降りると
酒屋へ行き日本酒やビールを買い求め 寮に向かった
寮は駅から歩いて5分ほどの小高い山の上にあった
階段を上るとようやく寮の入り口がみえ 呼び鈴を押すと
玄関の中から女性の声が聞こえてきた
「どちらさまですか?」
「銀座店の神山です」
扉が開くと そこには昔のまんまの亜紀ちゃんがいた
「わぁー 神山さん いらしゃい」
「おー 久しぶり 元気そうだね 昔のままだ」
玄関で話していると 奥から義男が現れて
「ようやく来たな まあ上がれよ」
「うん 失礼するよ 赤ちゃんは?」
「先ほどから 昼寝をしているよ 見てみる?可愛いぞ」
義男は顔を崩し 子供を早く神山に見せたかった
奥の座敷にはいると 2台のベビーベッドに赤ちゃんが寝ていた
「しかし 大変だな 2人とも小さいと」
「でも 楽しいもんだよ 年子だから 双子のようさ
片方が泣くともう片方も一緒になって泣くし 不思議だな」
「そうか ふーん」

座敷を離れると 金子が
「こっちの座敷を使おう こいよ」
金子が案内したのは 寮として食事の時に使う座敷で
50人くらいが入れる 大広間だった
ここは障子を開けると 熱海の海が見渡せる最高の場所だった
金子は 障子を全部解放し ガラス窓をあけた
「わぁー 気持ちがいいなー」
「そうだろ 眺めも最高だし 申し分ないよ」
「ははは 浦和とは環境が全然違うな」
「うん 空気がいいから 子供達も喜ぶよ きっと」
「そうだ これ持って来た」
神山は日本酒2本とビール1ケースを差し出した
「手ぶらで言いといったのに」
「ははは 俺が呑む分だよ」
「酒やビールは 倉庫に腐るほどあるよ 心配するな」
「そうか そうだよな 次から持ってこないよ ははは」
二人は神山が用意したビールを呑み寛いだ

「まあ 早いのね もう呑んでいるの よっちゃん」
二人が呑んでいるところへ亜紀がお茶を持って来た     
「ははは 今日は開店休業だ 設備関係の仕事はないし」
「そうか 今度は自分で点検までしないといけないんだよな」
「まあね しかし 前の人が素人だったから ここに来る前に
工事屋に全て点検させて 修繕は済んでいるんだ
だから安心は安心だよ 新品まではいかないがな」
「ねえ 神山さんに温泉に入って頂いたらどう」
「そうだな 山ちゃん 温泉にはいってこいや」
「そうするか」
「じゃあ 今夜の部屋を案内するよ」
金子の案内で 今夜寝る部屋に通された
部屋に入り 金子が障子を開けると先ほどと同じ風景だった
「一つ上だけ 見晴らしがいいと思うよ」
「ありがとう いい眺めだな」
「風呂は知っているよな」
「うん 一番下で 廊下を曲がったところだろ」
「今日は女風呂に入ってもいいぞ」
「ははは 時効だろ」
「温泉も入っていないし 何も無いよ よかったらどうぞ」

神山は タオルを借り温泉に入った
ここの温泉は天然温泉で源泉を引いていて 温泉効果も充分だった
この浴室は源泉を引く関係から海側とは反対側の位置にあり
マドをあけても 山肌の斜面しか見る事が出来なかった
もう少しお金をかければ 海側に温泉を持ってくることが出来たと
業者が話していた

結構大きい浴槽で 20人くらいは充分に入れる広さだった
一人で入っている気分は贅沢をしているようで 気持ちよかったが
少し汗が流れてきて 長湯は出来なかった
神山は脱衣所で扇風機を回し涼んでから浴衣に着替えた
部屋に戻ると 座卓にメモが置いてあり読んでみると
「山ちゃん 食堂で待っている ネコ」
一瞬 食堂?と思ったが 先ほどの座敷の事と思い出し
タオル片手に 食堂に入ると金子が手招きした
「どうでしたか 長旅の疲れはとれた?」
「気持ちよかったよ」
「こんな時間だから 余り料理が無いけれど 呑もうよ」
金子は神山が温泉に入っている間に 亜紀と一緒に料理を作った
「わぁー ごちそうだね ありがとう」
「かあちゃんは子供が寝てから お付き合いできるよ」
「そうだよな まあ無理しないでいいよ 顔見ただけでも嬉しいよ」
「綺麗だろ 今でも」
神山は正直綺麗と思ったので頷いた

「ごめんなさい 遅くなって 子供が寝ました」
「いいよ亜紀ちゃん さあビール」
「すみません 神山さん 先ほど電話が鳴りっぱなしで
それで起きちゃったんです」
「いいですよ そんな 一緒に寝ていても」
「そうそう それでね その電話ですが よっちゃんから話して」
「うん 明日ね 上野の電気とサービス課合同の花見があるんだ
それで 俺と山ちゃんが誘われた訳さ
俺は勿論断ったけれど 山ちゃんは近いから是非参加して欲しい
って その電話だったんだ」
「えっ なぜここにいるのが分かったんだろう」
「ははは 俺が教えたのさ 銀座店に電話をしたら
もう帰りましたと言われ 自宅に架けても居ないし
携帯に架けても出ないので どうしましょうって悩んでいたから
ははは 今 来ているよって教えちゃった まずかった?」
「ううん いいけど携帯かぁー 寝ていたから分からないな」
「ははは それで起きていたら 横浜だよ」
「そうだ その通り」
「じゃあ 山ちゃん サービス課の可愛い子ちゃんが一杯来るけど
肌着だけでも着替えたほうが いいんじゃないか」
「そうよ 何があるか分からないわ」
神山は金子と亜紀の二人に言われると その気になって
「じゃあ 駅前のデパートで買うか」
「山ちゃん 買うんだったら 下の外商で買ってあげたら」
「えっ 外商で買えるんだ」
「今はお得意さんの関係で 肌着からスーツまで販売しているよ
それに社員割引できるし そうだジャケットもいいのがあるよ」

神山と金子は呑むのを一時中断して 熱海外商部の売店に入った
「おや 珍しい山ちゃん どうしたのその格好は」                 
迎えてくれたのは 売店長の高野肇で上野店のとき良く呑んだ
仲間だった 年は神山より4つ上だが話がよくあった
高野も2年前の人事異動で熱海にきたが住まいは
二ノ宮のままで毎日 熱海まで通勤している

「ええ 乗り越しで伊東まで旅行しました」
「またやったんだ さては犯人はネコちゃんだ どうだ」
「ははは 当たりです」
「で どうしたの 浴衣半纏姿できてさ」
「ええ 明日お見合いがあるんですよ それでここで買おうかと
下着からシャツまで」
「えっ お見合い、、、山ちゃんが、、、」
「高野さん 冗談ですよ 山ちゃん 明日花見があるんです
それでサービス課が来るんですよ なので今日着たものだと
何があるか分からないから せめて肌着は着替えようって」
「なんだ 驚かさないでよ そうか でもLL判は種類が
そんなにないんだよ」
「大丈夫ですよ L判でも 多少窮屈でも」
「スーツはないんだな ジャケットの素敵なのがあるよ
少しおしゃれなシャツと一緒にいれたんだ」

神山はシャツやジャケットを試着しちょうど良かったので買い
肌着類も購入し 決済はすべて社員カードを使った

金子は帰り際に高野を誘うが 家庭の事情で断られた
神山は寮に戻ると金子の勧めで 今日着たものをダンボールに
詰め込み 宅配便で自宅に届くよう手配した
食堂に戻り ひと段落すると亜紀がやってきて
「今夜のおかずはどうしますか よっちゃん?」
「おかずって言ってもなぁー」
「ははは いいですよ これだけあれば充分です」
「まあ 神山さんって優しいのね 昔と変わらないですね」
「おいおい 確か上の子がお腹の時に合っているじゃん
そんなおじさんにしないでよ まだ若いつもりだし」
「今年 幾つ?」
「42ですよ ネコと同い年 これも忘れたの? 困ったな~」
みんなで大笑いした
「そうしたら私 干物の美味しいのを買ってきますね」

そう言って亜紀は席を外した
二人きりになると 神山は催事課で起きている事を話始めた
金子も呑みながら話を聞いてくれた
「山ちゃん 管財の西野理事が動くって事は 人事だよ
うん 間違いないよ だから山ちゃんか杉田君か
或いは人間が増えるかだろう それしかないな 考えると」
「やはり 人事異動か ひょっとして9等級か俺」
「ははは それはないな だったら理事は動かないよ
でも気になるな 理事とアルタはツウツウだからな」
金子は機械担当だったが社内外事情に精通していて 
人事移動もだいたい予想が当たっていた

二人は考えながら杯を進めていくと金子が
「山ちゃん 御殿場のアウトレットは知っているよな」
「うん その事も考えた しかし来年の秋以降に着工だろ
そうすると この時期に動く理由はないしな
例え 俺が営繕に戻るとしても 時期が変だよ」
「しかし アルタは横浜が大変で人手不足なんだ
特に山ちゃんクラスが そこで山ちゃんの力を貸して欲しい
だってデザインが出来て現場は見れて精算が出来てって
上野と銀座を見ても誰も居ないぞ 山ちゃんだけだ」
「そうかなー」
「きっと出向だよ 今 横浜が急ピッチで進んでいるだろ
アルタではネコの手も借りたいくらいだ
そこで ニーナ・ニーナの仕事は山ちゃんに任せる」
「そうかなー でもニーナ・ニーナの仕事って言っても 来年秋だろ」
「だから今から手を打つわけさ 急に話をしても纏まらないだろ
この秋とかに出向出来るように 人事が終わったこの時期に
理事のところに話に行ったんだよ」
神山はまだ信じられないと思っていた
何しろ昨日の今日で それに倉元のワザとらしい返事が気になった

二人の沈黙は続いたが 突然赤ちゃんの鳴き声で沈黙は裂かれた
「山ちゃん 一緒に手伝ってくれ」
「あいよ」                                                   
二人は駆け足で 赤ん坊が寝ている座敷に行くと
赤ん坊を抱き上げて ゆすっているとぴたっと泣きやんだ
「山ちゃん 上手だね 泣きやんだよ」
「ははは 俺に恋しているんだよ」
「そうだな ははは」
二人はそのまま赤ん坊を抱いたまま 食堂に戻り再び呑んだ

暫くすると亜紀が買い物から戻ってきて 食堂の二人を見て
クスクスと笑いながら 干物やおかずの調理を始めた

すっかり夜になるとマドからは少し冷たい風が入ってきて
それがお酒を呑んでいる二人には心地よかった
海の向こうに伊豆半島が見えて 右側には旅館やホテルの
照明が海面に反射してとても綺麗な光景だった

神山と金子は24時頃まで呑んで 金子が
「山ちゃん そろそろ寝ようか」
と言わなければ 延々と呑んでいただろう

「明日は8時頃でいいかな?」
「うん 充分に間に合うよ」
「こだまで出勤したらどう 45分で東京駅だぞ」
「ははは それも楽しいね そうしようかな」
「うん 朝ゆっくり出来るでしょ」
「わかった じゃあそうするわ」
「じゃあ お休み」
「うん もう一回温泉に入って寝ます お休み」

神山は温泉でもう一度汗を流して床に就いた





次回は4月28日掲載です
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2012年4月18日水曜日

出会い 2 - 2 Vol. 2



4人はグラスを差し出し乾杯をした
「おう 奥ちゃん 日本酒を頼んでくれよ もうビールはいいや」
「ははは そうですよね お昼から紐が切れたトンボですよね」
「おいおい 大事な仕事の話だぞ こらっ」
「はいはい ちょっと待って下さいね」
奥村は直ぐ傍にある電話で日本酒の注文をした

「それで 具体的にはどう進めますか 佐藤さん」
「ええ 筒井さんとも話しているんですが 上原のマンションの
賃貸借をニーナ・ニーナさんで行っていただき 私どもは
備品類のご提供をさせていただく段取りで進めています」
「大丈夫ですか 筒井さん」
「ええ 経費的にも環境的にも大丈夫ですよ
それに今 うちの久保君が居る事で 処理上やりやすいです」
「そうすると横浜の家賃か、、、」
「奥村さん 横浜は私どもが負担しますよ
横浜店がありますので 事務処理上問題ありませんから」
「そうですか 大丈夫ですね」
「ええ 横浜にも連絡はしてあります」
「分かりました あとは出向ですね 問題は、、、」

株式会社鈴やの決算は本決算が2月末日で3月から新しい期になる
それに伴って 4月1日に人事異動が発令される
今回の場合 準備を円滑に進めても最低8月末日まで動かせない
社内規定があり 奥村はタイミングが悪いと悩んでいた
「おう 店長は俺から話すから 副社長の時田さんは どうだ
普段顔が売れている 奥ちゃんが直談判したら」
「そうですね それしかないと思うんですよ」

みなが考えているところに女将が日本酒を持ってきた
「おう ありがとう ははは 助かるな なあ筒井ちゃん」
「ですね」
女将が倉元と筒井にお酌して 引き上げるとアルタの佐藤が
「奥村さん 私のところにも出向ってどうですか?」
「えっ アルタさんに出向ですか、、、」
「ええ 実際は上原の事務所で働いてもらいますが
便宜上それが可能であれば 構いませんよ」
「おう いいアイデアだ そうしたら内藤さんに一肌脱いで貰って
管財の西野理事を巻き込んだらどうだ 仲がいいだろう」
「うーん そうですね 話が大きくなりますね、、、」
「おう 西野理事だったら 時田さんも話を聞くだろう」
「ええ あの二人も仲良し組ですからね」
「じゃあ決定だ おう佐藤君 内藤さんに電話して頼んでくれ」
「はい 分かりました」
アルタの佐藤は携帯電話で内藤に電話すると
「分かりました メリットでデメリットは無いですね」
「ええ 大丈夫です 山ちゃんの事ですから 働いてくれますよ」
「彼の評価は充分すぎるくらい 知っていますし いいですよ」
「はい ありがとうございます」
佐藤が電話を切ろうとした時に 奥村が代わった
「鈴やの奥村です すみません 夜分にお電話をして」     
「やあ お久しぶりです 構いませんよ 
それで銀座には明日午前中に伺えばよろしいですか?」
「副社長のスケジュールを確認しますので 改めて電話します」
「はい お待ちしています 頑張ってくださいね」

奥村は秘書室長に電話をして スケジュールを確認した
「OKですよ 佐藤さん 内藤さんには私からしましょうか」
佐藤は内藤社長の電話番号を聞き架電をした
内藤も直ぐにOKし午前中に銀座に来る事が決まった

「おう よかったな これで全て丸く収まったな」
「倉さん まだこれからですよ もう」
「おう でも決まったも同然 喜ぶ顔が見えるな
ところで 本人は残業をしているのかな」
「いいえ もう帰ったでしょ なんでも上野店の営繕課で
歓送迎会があり その2次会に呼ばれていると言ってました」
「そうか 人気モンだな ははは」
「奥村さん 金子君でしょ 移動は」
「ええ 機械係に新人が入社したのと 熱海寮の寮長が体調不良で
長期療養になったんですよ 今までは人を雇って
なんとかやり繰りしたそうですが ほら機械や電気の事が
とんと分からない人で 奥さんも困っていたそうです」
「それで 金子君に白羽の矢が立ったわけですね」
「ええ 彼は人当たりもいいし 何しろ奥さんが美人でしょ
もう 言う事無いですよね」
「そうそう あんなに綺麗な美人をよく奥さんにしたよな」
「おう そんなに美人か」
「ええ 上野店でぴか一ですよ もうみんな憧れていましたから」
「あれ 倉さん知らなかったんですか 3年前かな有名な話ですよ」
「そうか そんな事があったなんて 知らなかったな」

「おじゃまします お料理をお持ちいたしました」         
「おう タイミングがいいな、、、」
「ええ 今度はちゃんと襖に耳を当てていましたから ふふふ」
みんなで大笑いすると 仲居も手伝い 料理を準備した

配膳が終わり 女将や仲居が引き上げると佐藤が筒井に
「どうでしょう 明日午前中にでも マンションに行きませんか」
「そうですね もう進めましょうか 奥村さんにお任せして」
「おう 大丈夫だよ 任せなさいって」
「私の方も 部屋の中に入れる段取りやケーブル関係を
確認する為に 業者も連れて行きたいんですよ」
「そうですね では11時ごろでいいですか」
「はい では11時に現場で待ち合わせでお願いします」


4月1日23時 上野 ビーンズ

「こんなしゃれたお店っていいな」             
「うん 山ちゃんも 時々来ればいいよ」
「ははは でもな ネコちゃんが居ないとつまらないだろ」
同期の二人はここでも同じテーブルに座り話し込んでいた
時々若い子とも話しをするが 気が合うのか二人で話すようになる

暫く呑んだり食べたりすると呑みのもを変えたくなり
「ネコちゃん カクテルでも呑むか」
「うん たまにはいいね」
神山がボーイを呼び 二人分マティーニを注文した
「それから カクテルに合うおつまみってなにがあるかな」
「それでしたら 美味しいチーズと
フランスパンを焼いたのが お口に合うと思われますよ」
「わかった そうしたら若いこの分も少し持ってきてよ」
ボーイはお辞儀をして 厨房に戻ると金子が
「どうだい 久しぶりにカラオケは」
「出来るの このお店?」
「うん 1曲1000円かかるけれどね」
「ははは 冗談だろ」
「でもな 仕掛けがあって 客の拍手が多いと安くなるんだ
どうだい ジュリーでも久しぶりに聞きたいな」
「ようし 挑戦してみるか」
「うん 山ちゃん上手だから 大丈夫だよ」
金子はそう言うとボーイを呼んで カラオケを注文した
暫くすると 可愛いウエイトレスがカクテルと
おつまみのチーズを運んできた
「美味しそうなチーズだね 生クリームみたいだ」
「食べて 美味しいよ」
神山は金子の勧めで カクテルを呑む前にチーズを食べた
フランスパンとの相性が良くて驚いた
「美味しいよ 凄いのを発見したな」
「だろう 俺もここで知ったんだ」
「チーズの名前は、、、」
「うん えーと 何だっけ 忘れた 舌をかむような名前だよ」
神山はボーイを呼んで聞いてみた
「はい このチーズはモッツァレラといいまして 固まる前の
ナチュラルチーズです」
神山は声を出さずに復唱して覚えた
「固まる前か そうするとフレッシュでないといけないな」
「うん でも1週間ぐらいは大丈夫だろう チーズだもの」
「そうか でも美味しいね」
二人が美味しいといっていると ステージが明るくなった
神山達が座った所からだと 一番奥にあるので気が付かなかった
今までかかっていたBGMがやむと ステージに男性が現れた

「こんばんわ 今宵もカラオケ5回目のステージを開きます
まずは最初に歌ってくださるのは 神山さまです
どうぞ皆様 暖かい拍手でお迎えください」
「山ちゃん がんばれ」
「うん 行って来る しかし派手だなぁー」
「ははは おいみんな 拍手だぞ」
若い子達は 金子に言われる前から 拍手をしていた

ステージに立つと 司会者が
「こんばんわ 神山さん 今夜の調子はいかがですか?」
「ええ 絶好調ですよ」
「今夜はジュリーの歌を歌ってくださるようですが
ジュリーより格好いいですね」
「ええ まあ でもやっぱりジュリーでしょ」
「はい 分かりました 頑張ってくださいね」
マスターが紹介し終わると イントロが流れだした
出だしは良かったが 途中で歌詞を間違えてしまい
失敗を考えている間に カラオケは終わった
「神山さま ありがとうございました 一箇所間違えましたが
歌自体は 大変お上手でしたよ」
「ええ 少し緊張して はい」
「では早速 拍手を頂きましょうか どうぞ」
歌い終わった時点で700点だったのが どんどんとあがり
「神山さま 900点出ました おめでとうございます
これでカラオケ代が 100円になりました」
「ああーなるほど こちらこそありがとうございます」

神山はマスターにお辞儀をすると金子が待つ席に戻った
「山ちゃん お上手 さすがだよ」
「ははは 一箇所とちっちゃったよ」
「愛嬌だよ 900点とったから千円から引くから百円ですんだ」
「面白い企画だね これなら誰でも楽しめるね」
「うん カラオケもマスターの気分で行われるんだ」
「ふーん そうなんだ」
「だから一人で何曲も歌えないしね」
「ふーん ますます面白いね」
神山はこれからいい女性ができたら是非連れて来ようと思った
ステージよりのスペースではチークダンスが始まった
「ははは さすがに男どおしでは踊れないな」
「山ちゃん お相手しましょうか」
二人は顔を見合わせ大笑いをした        

「いやー楽しかったよ 山ちゃん 最後までありがとう」
「ははは 何言っているんだよ まだまだ合えるじゃないか 
それより今夜はどこに泊まるんだよ」
「うん 今夜は若いのと一緒に サウナに泊まるよ」
「そうか 俺のところでもいいぞ」
「ははは 男同士は勘弁してくれよ」
「ははは そうだな」
「うん」
「じゃあ なにかあったら電話くれよ」
「うん 山ちゃんも電話くれよ かあちゃん喜ぶからさ」
「そうか 分かった 電話するよ」
「うん」
「じゃあ」
神山と金子はまだ話したいことが一杯あったが
お互いの目を見て 握手をして分かれた

神山がタクシーに乗りマドから
「がんばれよー」
と叫んだが 金子は頷くだけだった
タクシーが発車すると 金子他若い子たちも一緒に手を振っていた
神山は時計を見ると26時を回っていた


4月2日 木曜日 快晴
神山は7階催事場で催事の立ち上がりを確認していた
「山ちゃん おはようさん」
「課長 おはようございます」
「昨夜は盛り上がった」
「ええ タクシーで帰宅したんですが 泣いちゃいました」
「うん 寂しいよな 仲良しが居なくなると」
「ええ 少し辛いですね」
「ところで ここは大丈夫?」
「大丈夫ですよ 什器も過不足ないし 商品も揃っていますよ」
「うん わかった それじゃあ 下に行こうか」       
「ええ」
鈴や銀座店は7階が大催事場で 地下に食品催事場がある
毎週水曜定休なので火曜日に催事の模様替えを行うが
今回はイレギュラーで 7階はクローズして火曜日から準備
地下催事場は 昨日模様替えを行った

地下催事場に行くと杉田翔が開店準備の手伝いをしていて
神山と奥村がきたことに気が付かなかった
「手伝いは良い事だけれど 自分の仕事は大丈夫かな」
「ははは 課長 大丈夫でしょ 言ってきますよ」
神山は翔の背中をポンとたたき
「飾りつけは 大丈夫か?」
「あっ先輩 驚かせないでくださいよ 大丈夫ですよ
ただ 桜の取り付けが予定より多くなって 困っているんですよ」
「なんだ 食品課長と打ち合わせしたんだろ」
「ええ 急遽一こま増やしたんですよ」
「そうか 倉庫にも無いのか」
「ええ 昨夜探したんですけれど 無かったです」
「鈴やサービスの高橋さんには聞いた?」
「ええ 今 事務所の奥に多少あるって言うので頼んでいます」
「うん そうしたら造花を手配したほうがいいな 多少でもあれば」
「そうですね」
「こんどの土日がピークだろう 言われると多少寂しいな」

神山と翔が話しているところへ 鈴やサービスの高橋哲夫がきて
「山ちゃん おはようございます」
「やあ ご苦労様 急遽のことで 悪いね」
「いやいや もう慣れていますから
翔ちゃん これだけしかないよ それに種類が違うよ」
「哲さん そうしたら この柱をこれだけに纏めようよ
それで外したのは 当初予定通りにしよう 間に合うよね」
「そうしましょ その方が可笑しくないし
おーい バイト 仕事だぞー」

二人のやり取りを見て神山は少しは成長したなと思った
神山も見ていないで造花を手渡ししたり 手伝いをした

作業が終わると 神山が
「翔 この方が全然いいな 追加したところは 食品が違うし  
かえってこの方が 訴求力があって面白いよ」
「そう言われれば そうですね 桜祭りでも ここは違うよって」
「そうそう そうしたら 看板もこの通路に移動したほうがいいな
ほら その方が正面から見やすいだろ この通路は 向こうから
桜が見えるけれど ここはなんだか分からないだろ」
「はい 先輩 さすがー」
「冗談はいいから 早くやれ」
神山の指示したところに看板を移動すると確かにエレベーターから
降りてきた客に看板が見えるようになった

店が開店すると 神山と翔は近くの喫茶店に入った
「先輩 ありがとうございます」
「翔 実はあの桜な 7階の桜なんだよ」
「わぁー いいんですか 使っちゃって」
「うん この時期桜って 造花屋でも不足するだろ
だから少し余分に注文してあるんだよ」
「なるほど それで哲さんもニヤニヤしていたんだ なんだ」
「ははは だから秋の紅葉は少し余計に注文することだね」
「そうそう 先輩 夏のリーフが使っていないのが出てきましたよ」
「ああ 2袋か3袋くらいだろ」
「ええ あれは今年使いますか」
「あれはね 発色が少し暗いんだよ だから使っても
アクセントで少し混ぜる程度だね
よかったら 地下の催事場で使っていいよ」
「そうか そういえば少し黒っぽかった どこで使えるかなー」
「まあ あることを覚えておけばいいよ」
「先輩 今日は公休でしょ お昼食べて帰るんですか」
「うん そうしようと思っている」
「それから 昨夜ですが うちの課長と倉さん 筒井さんと
多分アルタの佐藤部長が四季から出てくるところを見たんです」
「えっ アルタの佐藤部長が、、、」
「ええ ほら倉庫に行くのに鍵を借りに行ったんですよ
その足で 事務館のウラに回ろうとしたら 4人を見たんです」
「何時頃だ」
「確か10時過ぎですよ」
「なんでアルタの佐藤さんが」
株式会社アルタは施工業者で 催事課では殆ど使わない業者で
営繕課や家具装飾 住宅部門と取引のある会社だ
神山龍巳自身 上野店の営繕課の時にはよくアルタの佐藤部長と
呑みにいったりゴルフをしたりした事がある
そのアルタのナンバー1部長と催事課と筒井さんが打ち合わせ
神山は狐につままれた感じだった

「翔 なぜアルタの佐藤部長を知っている?」
「やだなぁー 先輩が銀座に来られて 整理している時に
ゴルフの写真が出てきてじゃないですか ツーショットで
ただあの時とファッションが違うので確率70%ですけど
だけど ぼくの頭の中では ピーンっときましたよ」
「あっ そうか あの写真だったら間違いないな」
神山は真実味が高くなったので 余計に分からなくなった

「翔 そろそろ出ようか 眠たくなった」
「ははは 年ですよ 昨日呑み過ぎでしょ 臭いですよ まだ」
「匂うか」
「当たり前ですよ 由香里姫にまた言われますよ」
「おいおい そんなに臭いか」
「うっそー」
神山が翔の頭をたたく振りをして 大笑いした
「今日は僕がご馳走してあげるよ 先に出ていいぞ」
「ごちです」
神山がカウンターで精算すると 翔が外で待っていて
「先輩 課長ですよ ほら あそこ」
「うん もしかしてアルタの内藤社長だよ なんだろう」
「先輩 あの建物って 本社でしょ なぜアルタと課長なんだ」
「おい もしかして 課長がアルタに引く抜かれたんじゃないか」
「えっまさか」
「だって 内藤さんが直々本社って事は秘書室 副社長だろ」
「そうか でもどうかな、、、」

神山は今起こっている事を整理したが 全然検討が付かなかった
昨日の翔の見た事が本当だとすれば 催事課の中に全く新しい
要素(仕事)が入ってくるか 後は全然分からなかった

奥村課長が副社長に会う事は 時々あるが組合連中が一緒で      
単独で面会した事は無いと思う
それがアルタの内藤社長が一緒だとすると 考えられるのは
管財の西野理事にあうということもある

事務館エレベーターで3階で降りて催事課の部屋に入ると
「わぁー びっくりした」
「やあ おはよう」
「山ちゃん 昨夜は何呑んだの 臭いー」
「ははは カクテルと焼酎と日本酒とビールかな」
「はい これ 飲んでおきなさい 多少和らぐわよ」
「サンキュー」
神山は自分の席に着くと翔が横から
「ほら 言われたでしょ」
「こら うるさい」
二人が笑っている所へ倉元が店内から戻ってきた
「倉さん おはようございます」
「おう 山ちゃん 昨夜は盛り上がったか」
「ええ 呑みすぎたみたいで みんなに臭いって言われてます」
「ははは いいことだ」
「倉元部長 おはようございます」
「おう 翔も戻っていたのか おはようさん」
神山は 今何が起きているのか倉元に聞いてみようと思ったが
当事者だった場合 絶対に口を割らないだろうと思った 

杉田翔は倉元の席に行きなにやらひそひそと話している
「おう 昨夜か あれは大事な話だ 翔には関係ないことだ」
倉元は神山に聞こえるような大きな声で返事をしていた
神山は素直に答えていないと感じ 何かが起きていると感じた


「筒井さん お待たせしました」
「こんにちわ 佐藤さん 私も少し前に来ました」
筒井は管理人室に電話をすると 中から扉を開けてくれた
管理人から部屋の鍵を借りて 6階の部屋に行った
佐藤は業者にケーブル関係や配線や全てを見るよう指示し
「筒井さん いいところですね」
「そうですね 眺めもいいし 仕事環境には最高ですね」





次回は4月23日掲載です
.

2012年4月13日金曜日

出会い 2 - 2 Vol. 1



4月1日 水曜日 快晴

「倉さん すみません お時間作って頂いて」
「おう 筒井ちゃん水臭いな いいよ 困っている時はお互い様さ」

二人は銀座築地にある寿司屋いせ丸の奥座敷で話をしていた
倉さんこと倉元達也は 鈴や銀座店の催事課専門部長で
神山龍巳の上司になる
筒井は筒井健一といい ニーナ・ニーナジャパン東京本社の
ゼネラルマネージャーでニーナ・ニーナ東京支店の副社長を務める
久保祥子はこの筒井の下で勤務している

「どうでしょうか 神山君を少しの間 我が社に貸して頂けませんか」
「うーん で 上原の現場が終わったら銀座に戻れるんだね」
「ええ そのように考えていますが ただ来年のアウトレットの
話も持ち上がっているんですが なにしろ予算が少ないもので
パリ本社がお金を渋っているんです」
「おう あの御殿場の話か まだ先だろう」
「ええ 第3セクターで造る事になった話です」
「おう そうすると 上原が終わって暫くは銀座で その後は」
「そこなんですが 上原の後も引き続き見てもらいたいんです」
「おう 大変な話だな うーん どうしたものかな」
「それで考えているんですが 神山君の住まいを移したらどうかと」
「えっ だって横浜だろ 移しても時間的に変わらないだろ」
「今 うちの久保祥子が住んでいるマンシャンで空き部屋が
ありまして そこに神山君に住んで貰えば会社と現場に近いし
どうかなと思っているんです」
「おう そうすると二束の草鞋か、、、」
「ええ 現場まで10分足らずで 銀座にも30分です
今の横浜より全然通勤環境は良くなりますよ」       
「おう そんなに近いのか そうすると緊急時には来れるな」
「ええ 大丈夫です」
「部屋は押さえてあるのか」
「ええ 日割りで押さえてあります」
「上原の施工業者はどこだ」
「ええ 株式会社アルタです 御殿場もアルタでお願いしています」
「そうか そうするとアルタにも一枚噛んでもらった方がいいかな」  
「一応 佐藤部長には話はしてあるんですよ」
「おうおう 手回しがいいな ははは」
「アルタでも 横浜の件があるので助かる話なんです」
「おう そうか 横浜も駅前が進んでいるからな うーん」

「おじゃまします」
ここいせ丸の特徴は 注文ききが無くお客のペースで
料理や呑み物が運ばれてくるようになっている
一見のお客は 入り口に近いテーブル席で食事をいただき
座敷は女将が許した人物だけしか利用できない
「少し 早かったかしら」
「おう 構わないよ そうだ日本酒をくれ」
「いいんですか まだお昼ですよ」
「おう 今日は構わない どうせ客も少ないし ははは」
「ねえ 4月1日で水曜日で営業ですものね ははは」
「おう 休めないよ まったく」
「はいはい お持ちいたしますよ」
女将は盆から鮮魚の握りを置いていくと 丁寧に襖を閉めた

「ははは エイプリルフールで営業だよ筒井ちゃん 参っちゃうな」
「人事発令でしょ 仕方ないですね お祭りですから」
「おう 今年は山ちゃんが専門9等級かと思ったけれどなんなかった」
「来年でしょ でも抜群に早いですよ 同期でトップでしょ」
「おう そうらしいな 俺たちはデザインしてなんぼの世界だが
かといって同期でどんけつじゃ嫌だしな
でも 山ちゃんのデザインはいつも目を見張るものがあるよ」
「そうでしょ 私も以前話しをしたときに 感じましたよ
こちらの要望を的確に表現してくれましたからね」
「おう だから 余計に銀座店が出すかどうかだ」
「そうか うーん 何とかして貰わないと 潰れますよ」
「おう その久保祥子って子は あの可愛いお嬢さんだろ」
「ええ 社内でぴか一の女性ですよ」
「その子は図面とか 読めないのか」
「ええ 数字とか外国語とかは大丈夫ですが 図面は無理ですね」
「そうか、、、」
「倉さん それにニーナ・ニーナの店舗は今まで店内ばかりですが
今回の上原は外光が差し込むところなんですよ
それで 山ちゃんの力が欲しいんです」
「そうだな そうすると御殿場も山ちゃんがメインで見るか」
「そうなってきますね なにしろデザイン感覚は抜群ですからね
あっ 倉さんも抜群ですよ」
「おう 付録でもいいが そうだな 外が絡んでいると
出来るのは山ちゃんしか居ないだろうな いまのところ うーん
聞いた話だが あの竹本工務店も舌をまいていたよ」
「へぇー その話は初耳です」
「おう 上野のとき一時期 営繕でデザインをしていただろ」
「ええ 知っています」
「あの時 外壁工事があって 外壁の色を決める時に
山ちゃんが 竹本のデザイナーに意見して 色を変えたんだとさ」
「へぇー 凄い事をしますね」
「おう なんでも机上の計算では駄目だといってカラーサンプルを
大きいのに変更して 日中や夕方 雨の日や曇り 色々と
見え方を調査したらしいんだ それで山ちゃんの案に決まった」
「へぇー 努力家でもあるんですね」
「おう 信念を持っているから 出来る業だよ 俺も感心した」

「おじゃまします」
女将の声が聞こえると襖がゆっくりと開き
「お待たせいたしました 鮮魚のおつまみをお持ちしました」
「おう ありがとう」
「握りは暫くいらないですね」
「おう 悪いな」
女将は両手をついてお辞儀をして 部屋から出て行った

「ははは 女将もびっくりのエイプリルフールだな」
「嬉しいエイプリルフールですね ははは」
「おう そうしたら うちの翔もそろそろ課長に
成らないといけないから その線で押してみるか」
「ああ 杉田君ですね そうですね 彼も同期でトップでしょ」
「おう 翔もあと2年くらいで課長だからな うーん」
「倉さんがしっかりしているから 2年で大丈夫でしょ」
「おう 少し甘いところがあるがな」
「幾つですか」
「確か 今年33だったと思う」                                  
「そうすると 35で課長だと山ちゃんより早い 凄い」
「山ちゃんは いくつで課長だ?」
「彼は36ですよ 14年目ですね」
「そうか そうしたら翔の独り立ち作戦だな」
「倉さん お願いします」
「おう 任せなさい 大丈夫だ」

杉田翔は22歳で銀座店入社し催事課の装飾デザイン担当係長で
入社以来装飾デザインを歩んでいる            
進級も神山と同じように早く 同期の中でもトップにいる
仕事面では 神山がきてから少し甘えているところがあり
今ひとつ力を出し切れて居ないところがあった
原因として それまでは倉元に色々と勉強させられていたが
神山との年齢差でお兄さんが出来たからだと言われている

倉元としてもこのままでは杉田の芽が出ないと思い
普段から 何かいい案はないかと考えていたところだった
神山に比べると 詰めの甘さがあり その部分では
倉元にも責任があると感じていた

「おう 筒井ちゃん 携帯もっているか」
「ええ 持っていますが、、、」
「そうしたら アルタの佐藤さんに電話してくれ 代わるから」
筒井は言われたとおり アルタの佐藤部長に電話をした
「はい 佐藤ですが」
「ニーナ・ニーナジャパンの筒井です」
「やあ こんにちわ 如何ですか?」
「ええ 今 倉元部長と話をしまして OKを頂いたんですよ」
「おぉー 良かったですね」
「ちょっと待って下さいね 代わります」
「おう 佐藤君か」
「ご無沙汰しています お元気ですか」
「まあな ところで 筒井ちゃんから話は聞いた
そこでだ 課長に筋話さないとつぶれるぞ」
「ええ こちらも困っているんですよ」
「おう 今夜8時ごろ 銀座に来れるかな」
「はい 分かりました 伺います 場所は四季でよろしいですか?」
「おう 予約を入れてくれるか」
「はい 分かりました 4名でいいですか」
「うん 頼んだぞ」
「はい では予約を入れます ありがとうございます」

「筒井ちゃん 次は催事に電話してくれ 俺が出る」
筒井は銀座店催事課の課長直通電話に電話をした
「はい 今呼び出しています」
「おう」
「はい 銀座店催事課です」
「おう 奥ちゃん 倉元だが 今大丈夫?」
「ええ 大丈夫ですよ どうされましたか」
「おう 今夜8時に体を空けて欲しいんだよ」
「えっーと 大丈夫ですよ なにか」
「おう 山ちゃんのことと翔の事で話があるんだ」
「はい 分かりました それから帰りは何時になりますか」
「おう すしを食べたら戻るよ 詳細は戻ってからする」
「はい お願いします」

「おう 筒井ちゃん 両方とも大丈夫だ さて時間が余ったな」
「そうですね でも課長に話さないといけないんでしょ」
「おう そうだな まあいいよ 8時までに話せば」
「ははは そうですね じゃあ場所を変えますか」
「おう 飯食うと呑めないからな」
「本当ですよ でも女将 持って来ないだろうな」
「大丈夫だよ 昼呑んだ時は 持って来てもつまみさ」


「おーい 山ちゃん 倉さん知らないか」
「知らないですよ 翔 知っているか?」
「いいえ 何も聞いていないですよ」
「困ったな 俺に8時に体を空けておけって言っておいて」
神山と杉田は課長の独り言を聞き逃さなかった
「なんですか 課長」
「うん いやなんでもない ごめんごめん」
神山と杉田は何が起きているのか全然検討がつかなかった
「翔 そろそろ店内に行こう もうすぐ7時になる」                
「そうですね」
「奥ちゃん 僕は7階の催事場を確認したら 帰ります
上野の2次会に呼ばれているんで」
「うん 分かった 明日は公休で出勤だな」
「ええ でもお昼ご飯食べたら 帰りますよ」
「うん わかった 山ちゃん呑みすぎるなよ」
「ははは 大丈夫ですよ では」
神山と杉田は一緒に部屋を出ると 入れ替わりに
倉元と筒井が催事課の部屋に入ってきた
「やあ奥ちゃん 遅くなってごめん」
「もう どこまで呑みに行っていたんですか 筒井さんも」
「まあまあ 怒るなよ 8時から四季で呑めるからさ」
「えっ 四季に行くんですか」
「おう その前に相談をしましょう なっ筒井ちゃん」
「課長 すみません 遅くなって あちらの部屋で」

「えっ 山ちゃんを出向社員でニーナ・ニーナですか」
奥村はまったく予測していなかった事を 聞いたので驚いた
倉元と筒井の話を聞けば聞くほど 納得し
「わかりました 翔の独り立ちで進めましょう」
「うん ありがとう さすが奥ちゃんだ」
「ありごとうございます これでニーナ・ニーナも助かります」
「倉さんがそれだけ 催事課の事を考えてくれるなら 頑張ります」
「おう よかった なあ筒井ちゃん」
倉元と筒井は互いに目の奥でやったなとサインを出した


「じゃあ 翔 後は頼んだぞ 何かあったら携帯にくれ」
「はい 分かりました お疲れ様でした」
「翔 明日は早く出て来いよ」
「大丈夫ですよ それより先輩こそ大丈夫ですか」
「うん 程ほどにしておくよ ははは じゃあ」
神山は店を出ると 有楽町駅まで歩いて電車に乗った
御徒町駅までは10分もあれば充分に着くが 催事場の準備で
少しばかり遅い時間になってしまった

指示された料理屋に行くと 2次会はすでに始まっていて
「よぉ ようやく来たな」
「ごめんごめん 遅くなっちゃった」
「いいよ ちゃんと料理は残してあるから」
今夜は 上野店営繕課の歓送迎会で招かれた
神山が営繕課に在職していた時 よく色々と教えてくれた同期生が
今日の人事発令で熱海の家族寮長に移動が決定した
引越しなどが絡むので 本人には事前に知らされるが
この類の情報は直ぐ皆に伝わり 今夜の大送迎会となった
歓迎会の迎えるほうは高専を出たばかりの子で
この会には出席しないと言われた

「でも ネコちゃんが居なかったら 営繕課に居られなかったな」
「ははは そんな事無いさ 山ちゃんの事はみんなが認めているし
例の竹本工務店との事で 余計に有名になったし」
「ははは あの件か あのデザイナーも大した事なかったな」
「そうだよ 山ちゃんのほうがちゃんとポイントを言っていたもん」
「だけどさ 俺 今年9等級に成れ無かったよ」
「おいおい そんなに偉くなってどうするんだ       
俺だってまだ係長だぜ そんなに離さないでくれよ ははは」
「でも 9等級になれば給料がいいし 待遇が違うって」
「分かるよ でも俺たち技術者ってよく見られていないんだよ」
「そうだよなぁー デザインだって同じさ」
「でも山ちゃんは 既成事実を作ったからこれからさ」
「吉と出て そのまま進めばいいけどね」

ネコちゃんこと金子義男は神山と同期入社で 営繕課機械担当で
入社以来機械技術一筋の人間だった
神山が営繕課に来たときには 分からない事や機械技術の
話などをよく教えてくれた
今回は若い子が入社してきた事と熱海家族寮長が体調不良で
入院ということで 金子に白羽の矢がたった
「ネコ 大変だけれど がんばれよ」
「そうだな ボイラー関係から電気関係まで見ないといけないし」
「そして美味しいもの食べてだろ」
「かあちゃんはそれだけが喜びだとさ」
「ははは それはそうだろう 浦和の魚より熱海の魚だろ」
「ははは まあな」                                        
「ところで奥様は元気?」
「うん 昨年2人目が産まれて 毎日が大変さ」
「そうか ごめん全然知らなかったよ また女の子?」
「うん ちんぽが付いていないからがっかりしたよ」
「ははは でも女の子ってお母さんの手伝いするしいいんだぞ」
「そう言えば もう大きくなっているんだろ」
「うん まあ 向こうで元気にしているみたいだ」
「なんだ 会っていないのか」
「うん なんかさ 気まずくてな」
「まあな 浮気が原因で 別れた子供に会いましょってもな」
「だろう だから時々電話連絡をするくらいかな」
「でも 元気ならいいや 早く嫁さん見つけろよ」
「うん でもな これと思うのがなかなか居なくてさ」
「遊んでいるからだよ 真剣に探せよ」
「おいおい 今夜はネコちゃんの送別会だぜ ははは」
「そうだったな ははは 料理を食べよう」

二人の話が一時中断すると 神山に話したい若い子や金子に
お別れを言う若い子が順番待ちで話をした
その若い子の中でも 金子が良く可愛がった子が
「先輩 熱海に立ち寄ったら 奥様を拝ませてくださいね」
「ははは いいよ かあちゃん喜ぶぞ」
金子の奥さんは どうして金子と結婚したのか分からないくらい
上野店の美人エレベーターガールだった
一説によると エレベーターが故障して修理をした後に
プロポーズをして その彼女も面白い男性と思って
付き合い始めたと言われているが 定かではない
「なあ ネコ かあちゃん未だに干物が好きなのか」
「うん 相変わらず好きだよ お陰さまで俺も綺麗に食べるよ」
「ははは 調教されたって訳か」
「ははは そうだ 調教されたよ あの可愛い笑顔で言われたら
どんなに辛くても 心がなごむよ」
「可愛かったなぁー」
「なんだよ 過去形は 今でも充分可愛いぞ ははは」
「そうか そうしたらこの夏は熱海寮で過ごそうかな」
「おうそうしよう 山ちゃんがいれば楽しくなるよ 下手な踊り」
「ははは もう時効だよ あれからフラダンスは踊っていないよ」
二人を取り巻く若い子も笑いの渦に巻き込まれていた
暫く食べたり呑んだりしていると 幹事が
「宴酣ですが 料理も少なくなりましたので 
ここで一本締めを行いますので ご起立をお願いします」 
幹事の音頭で一本締めが行われた
「ネコ 予定は」
「うん あの若いのが楽しいところに行くって誘いがある」
「そうか、、、」
「山ちゃん 何も無かったら こいよ」
「そうだな じゃあ付録で付いていくよ ははは」

御徒町の料理屋を出ると広小路通りに出て上野方面に歩いた
今夜は少し肌寒かったが 誰もコートを着ていなかった
「山ちゃん あのビルだよ」
「ああ あそこね なにが入ったの」
「ピチピチギャルがいるお店だよ」
「居酒屋、、、じゃないな でもしゃれているね」
「うん 俺もたまに行くけれどカップルが多いね」
「ははは 今夜は男ばかりで 向こうも驚くぞ」
「そうだな 男ばかりで嫌がられるかな ははは」
神山が見上げたビルは前面が総ガラス張りのビルで 
なかなかしゃれた造りの建物だった
エレベーターを降りると 前がガラス張りになっていて
真下の歩道が覗けた
「ここって けっこう怖いところだな」
「ははは 高所恐怖症か 山ちゃんは?」
「いやいや ほらガラスが真っ直ぐに成っているだろ
普通はさ 上のほうが部屋側に傾いているじゃん」
「そうだね 少し吸い込まれる感じはするね」
「だろう ははは」
神山はじめ男ばかり8人のメンバーで『ビーンズ』という
しゃれたバーに入った


4月1日20時 銀座 四季

日本料理屋四季は鈴やの事務館向かい側の ホテル禅            
地下一階にある 高級日本料理屋である

鈴やの連中は時々利用するがそれでも年に数回程度だった

奥村たちが暖簾をくぐると 女将が愛想よく挨拶した
「ようこそいらっしゃいました お待ちしていましたよ」
「いつも すみませんね 急に部屋を取っていただいて」
「こちらこそ 鈴やさんにはいつもご迷惑をおかけしています」
女将が10人くらい入れる座敷に案内した
「お料理は 少し後でよろしいですね 
ビールは先に運ばせて頂いてよろしいですか」
「ええ お願いします」
部屋に入ると 8人は座れる大きな座卓に4人が席に着いた

「では 早速 鈴やの催事課として 
この件は喜んでお引き受けしましょう」
最初に 奥村が発言すると アルタの佐藤部長は安堵した
「ただし こちらも人手がぎりぎり状態です
妥協案として お中元の飾りつけまでは鈴やの仕事もする
その線で いかがでしょうか?」
「奥村さん ありがとうございます
多分 山ちゃんなら出来ますよ 私たちも精一杯フォローします」
「佐藤さん お願いしますね うちの貴重な人材です」
「はい 心得ております」
「おう よかったな 筒井ちゃん」
「本当にありがとうございます 倉さんや奥ちゃんの力がないと
ニーナ・ニーナはつぶれていますよ」
筒井はそう言うと 座布団から降り みんなにお辞儀をした

「おじゃまします あっよろしいですか?」
「おう タイミングがいいな さては聞いていたな ははは」
「まあ 倉さんったら 嫌な事いわないでくださいよ ふふふ」
女将がビールと簡単なおつまみを運んできてテーブルに置くと
各人のグラスにビールを注いだ

女将が下がるのをまって奥村が
「では基本線で合意ということで乾杯」





次回は4月18日掲載です
.

2012年4月8日日曜日

出会い 1 - 1 Vol. 2



ボーイは神山と久保に対して深々とお辞儀をした
「ところで このフランスパンって どこから仕入れているの?」
「本当はお教えすることが出来ないんですが、、、
実は鈴やさんで買っているんですよ」
「えっ 鈴やで、、、買っているんですか、、、」
「内緒にしてくださいね お願いします」
そう言うと ボーイは再び深々とお辞儀をして戻っていった

「えっー うちで売っているんだって 参った ははは」
「まぁ 灯台下暗しですね ふふふ」
「ほんと でも聞いて良かったよ こんなに美味しく食べられる」
「そうね 私も頭に入れておきます モッツァレラと相性抜群」
「でもモッツァレラって うちでも売っているのかなぁー」
「聞いてみますか?」
「いや 聞かないよ もう恥じをかきたくないもんな」
「けっこう 鈴やさんだったりして」
「かもね 可能性大だよ 僕が上野に居た頃は確か無かったと思う
でも 食文化が少しずつ変わっているから 分からないね
けっこう 銀座店にあったりしてね ははは」
「モッツァレラの美味しいのが 赤坂にあるのよ
でもみんな知っているから 直ぐに品切れになるそうよ」
「そうなんですか モッツァレラってそんなに違うんですか」
「うーん クリームの配分だと思う」
「へぇー 良くご存知ですね」
「まぁ私も少し知っているだけよ 専門家に怒られる ふふふ」

二人がモッツァレラやフランスパンで盛り上がっていると
奥のステージのほうでカラオケが始まった
「始まりましたね 久保さん 何か歌いますか?」
「今日はここでのんびり聞いています 神山さんこそ歌って」
神山はボーイを呼ぶとカクテルの御代りとカラオケを注文した
ここビーンズではカラオケにちょっとした工夫がされていた
一曲歌うのに1000円かかるが 歌い終わった後の拍手や
歓声で点数が表示され 1000点満点出ると無料になる仕組み
いくら下手な人が歌い点数が低くても その後マスターが
お客さんを笑わせると点数がどんどん上がるようになっている
なので 音痴の人ほど点数が高くなり 支払い金額が安くなる
神山も先日挑戦した時には やはりマスターの助けで安くなった
だからといって 同じ人が何曲も続けて歌うことはしないで
お客に順番に歌わせることや 時間を空けることなど
その場の雰囲気でマスターが調整をしている

「えー ありがとうございました 次は神山さまどうぞこちらまで」
神山は呼ばれると久保にVサインを出してステージに向かった
「いらっしゃいませ 神山さま あれっ先日も来られましたよね」
「ええ お邪魔しました ありがとうございました」
「ああっ 思い出しました ジュリーの歌で700点出されて」
「そうです そのあとマスターのお陰で 100円ですみました」
神山がニコニコと受け答えをしていると 客席からは早くも
やんやのかっせいが飛び交い すでに点数が上がっていった
「あらら 点数がこれだけ上がっちゃいましたよ
もう今夜は気が楽ですね」
点数ボードは600点を表示していた
「ところで 今夜は再度ジュリーに挑戦ですか?」
「ええ お願いします 今夜は頑張りますよ」
「そうですね 先日は若い男性が応援していましたが
今夜はどこかの女優さんかモデルさんとご一緒ですね
ここでいいところ見せないと 男がすたります 
さあ今夜は ジュリーの勝手にしやがれ でーす どうぞー」
名司会の紹介で神山は歌を歌い始めると 客から手拍子も出て
順調な滑り出しで 歌うことが出来き無事に終了した
「ありがとうございましたー さあ皆さんの拍手をお願いしまーす」
客席から拍手や歓声が上がり ボードの点数が920点までいった
「神山さん やりましたね おめでとうございます」
「毎回 助けて頂いて ありがとうございます」
「いやいや 今夜は曲自体も良かったですよ
そうそう 今夜は特別にプレゼントがあります
900点オーバーされた方には当店の割引チケットを
差し上げています どうぞお帰りの時にご利用ください」
「わはぁー そんなにして頂いて ありがとうございまーす」
神山は両手をあげて客に挨拶をすると
マスターからチケットを渡され 席に戻った

「神山さん お上手 おめでとうございます」
「いやぁー 恥ずかしいですよ マスターのお陰ですから」
「そんな事無いですよ お上手です」
神山は久保祥子とチケットを見てみると
『ドリンク・おつまみ 50%OFF』と印刷されていた
「わぁー 50%割引になるんだって 凄いなぁー」
「本当? そんなに安くして大丈夫なのかしら」
「大丈夫でしょ どこかで儲けているんでしょう 心配ないですよ」
「そうね よその事心配しても始まらないですね」
「そうですよ そうしたらカクテルを御代りしましょう」
神山はボーイを呼ぶとカクテルとおつまみの御代りを注文した

カラオケはこのステージ神山が最後で静かなBGMが流れだした
ステージよりの広場にはチークダンスをするカップルが何組かいた
(うーん 誘って断られるのも嫌だし 我慢するか)
久保祥子は神山がダンスをしているところを見ているので
「ねえ 踊りましょうか」
「えっ 今 踊りましょうって誘ってくれたんですか?」
久保祥子は笑みを浮かべて頷いた
神山は直ぐに立ち上がり手を差し伸べると
「少し熱くなってきたわ ちょっと待ってね」
久保祥子は濃紺のジャケットを脱ぐと見事なバストを見せた
(わぁー 大きいなー)
神山は久保祥子のバストに目が釘づけになると
「まあ 神山さん 鼻の下が伸びていますよ」
はっと気が付き 久保祥子の顔を見ると 笑っていた

ダンスを始める時に神山は手にかいた汗をパンツで拭き
「では お願いします」
久保祥子にお辞儀をすると 笑いながら
「そんなー 私こそお願いしまーす」
二人は顔を見合わせて 笑ってしまった
神山がぎこちなく背中に手を回すと 
久保祥子もそれに合わせ 両手を神山の首に絡めた
スローなリズムにステップを合わせ 久保をリードすると
ニコニコしながらステップを併せてきた
「神山さんて お上手ですね」
「そんな事無いですよ」
久保の目を見ていればよかったが どうしても胸に移ってしまう
(困ったなぁー 目の前でチラチラされると)
楽しいはずのチークダンスが 少しばかり重荷になった
2曲目が流れてきた時に久保祥子が
「神山さん どうされたの 何か心配事でもあるの?」
「ううん なにもないけれど なんで」
「うーん 楽しそうな顔していないから」
「ははは そんな事無いよ」
(もう どうにでもなれ)
神山は背筋を張ると久保の胸に当たりそうだったが
構わず姿勢をただし踊る事にした
久保祥子はしゃっきとした神山の胸に体が触れるようにした
神山は片手を久保祥子の腰まで落とすと 引き寄せるようにし
上手にリードすると 久保祥子も腰を押し付けてきた

4曲目が終わるとさすがに疲れたのか 久保祥子が
「少し休んでいいですか」
「ええ 僕もいまそう言おうと思っていたんですよ 休みましょう」
二人は手をつないでテーブルに戻る途中に 神山がボーイに
「生ビールを2つお願いします」
「はい すぐにお持ちいたします」
テーブルに戻るとボーイが生ビールを運んできてくれた
「お疲れ様」
「ほんと 4曲も続けて踊ったの初めて お疲れ様」
二人は見つめ合いながら 生ビールで乾杯した
「神山さんて 本当にお上手です 感心します」
「そんな事無いですよ 久保さんも上手に踊っていましたよ
正直 ほら あのーバストが当たると思って そちらばかり
気を取られていたんですよ でも当たったら最後
マイペースで 足を運べましたけれどね ごめんなさい」
久保祥子はやっぱりそうだったんだと思い
「最初 なにか背中を丸めている感じで 
それに楽しそうな顔をしていなかったから 私から当てたの」
久保祥子はそれを言うと 手を口に当ててクスクスと笑った
「なんだ 全部お見通しか 参ったなぁー ははは」
生ビールを呑みながら 色々と話していると楽しい時間が過ぎた
久保祥子が時計を見ると 24時少し前だった
「神山さん もう24時になりますよ 大丈夫ですか」
一瞬迷ったが タクシーで帰ることに決め
「ええ 僕は大丈夫ですが 久保さんは平気ですか?」
「ええ 私 明日はゆっくり出る事になっているので大丈夫です
ところで神山さんのお住まいは どちらですか?」
「僕は横浜ですよ 駅から歩いて10分くらいかな」
「そうすると毎日 満員電車で 出勤されているんですね」
「ははは そうです もう大変ですよ
先ほどのエレベーターどころの騒ぎではありませんよ」
「まあ そんなに込んでいるんですか」
「そうですよ 周りに女性が居れば多少なりとも
精神的にも気分が楽になるんですがね 男ばかりだとねぇ」
「まぁ 女性が居るとどうなんですか?」
「ほら あのー この子は独身なんだろうか とか色々と
妄想の世界に入り考える事が出来るでしょ 時間つぶしですよ」
「そんなに込んでいると本も読めないですよね」
「本なんて とんでもない 両手を開けていないと大変な事ですよ」
話をしているといくら時間があっても足りないくらいだった

今度は神山が時計を覗いてみると25時になりそうだった
「久保さん もう25時になりますよ そろそろどうですか?」
「そうですね そろそろ出ましょうか」
「そうしましょう」
神山は立ち上がると 久保の手を取り転ばないよう気をつけた
しかし久保は段を踏み外し 神山の腕に体をあずける格好になった
その時ちょうど腕の中に胸が飛び込んできて
(おいおい 大きな胸だな 柔らかそうでいいなぁー)
「ごめんなさい 少し呑み過ぎたかしら」
「大丈夫ですか 僕がもっと支えていれば良かった ごめんなさい」
「優しいですね 大丈夫ですよ」
二人は顔を見合わせて また笑った

神山が精算をしてエレベーターで降りて外に出ると涼しかった
久保の横顔を見てみると 少し上を向いて目を細め
正面から来る優しい風を気持ちよさそうに浴びている様子だった
「あーあ 久しぶりよ 楽しかったわ」
「うん 僕も楽しかったよ ありがとうございます」
「どういたしまして ねえこれから横浜に帰るの?」
「ええ ビーンズで半額になったしタクシー代が出ますから」
「えっ そんなに高かったの あそこ」
「いやいや そんなに高くないですよ ただ半額になったから
タクシー代に少しまわせるという事です」
「ここからだとどのくらいかかるの?」
「そうだな1万円はかかるかな」                             
「えっ 1万円 勿体無いわ 私のお部屋でよかった来ませんか」
「また ご冗談を」
「だって1万円でしょ 私だったら泊めて貰うわよ どうぞ」
「そうか 本当にいいんですね 僕は男ですよ」
「分かってますよ 女じゃない事も ふふふ」
「そうしたらタクシー代 僕が持ちますよ でっ どこですか?」
「代々木です」
「そうしたら20分もあれば大丈夫でしょ」
「もう少し時間がかかると思いますよ 少し奥ですから」
「じゃあ 早速タクシーを拾いましょう」
神山はここからだと 江戸橋から首都高に入ったほうが
近いと思い 秋葉原方面のタクシーを拾った

タクシーに乗ると運転手が
「どちらまでですか」
「ええ 代々木上原までお願いします」
「代々木上原のどこ」
「あのー上原3丁目の交差点でお願いします」
「上原3丁目でいいんだね」
「ええ 高速を使ってください」
「わかったよ」
久保祥子は神山の手をぎゅっと握り締めてきた
神山は久保祥子の顔をみて 大丈夫だよと頷いてあげた

久保は運転手が怖いのかずーっと黙ったままだった
神山はこの雰囲気がたまらなく嫌で 何でもいいから話そうと思い
「久保さん 代々木上原って もう昔からですか?」
「いいえ まだ入居して1週間も経っていないのよ」
「じゃあ それまではどうされていたんですか?」
「ずーっとホテル住まい」
「えっ ホテルで・す・か、、、」
「ええ 会社で年間契約をしてくれて 安く泊まれるの」
「へぇー 凄い会社ですね いいなぁー」
「でも 毎日同じお部屋だと飽きるわよ それにシングルで狭いの」
「そうかー シングルで狭いって言うと僕のところと一緒だ」
「まあ 神山さんのところって 狭いんですか?」
「うーん 住めば都ですかね 寝るだけですから」
「そうなんですか、、、」
「暫くしたら引越しをしてもいいかなと思っているんですよ」
「そうしたら 会社の近くがいいですね」
「でも 家賃が高いでしょ お給料と相談ですよ ははは」
実際 今住んでいる部屋は狭かった
10畳のワンルームなので もう少し広いところに移りたかったが
昇進や移動でなかなかゆっくりと部屋探しが出来なかった

「実は神山さんに教えて頂きたい事があるの」
「なんですか?」
「ええ 今度 上原にアンテナショップを出すんですよ」
「へぇー 凄いですね」
「ええ それでね 私が責任者で現場を見ることになったの」
「またまた凄いですね」
「でもね 図面の見方とか 色々と分からない事だらけなんです」
「いいですよ 分かる範囲で教えますよ」
「わぁー よかった ありがとうございます 嬉しいわ」
「とんでもない 僕でよかったら どんどん言ってくださいよ」
「頼もしいなぁー それでねホテルからマンションに移ったの」
「なるほど 現場に近いほうが 便利ですよね」
「そうなんですよ ただ名古屋に帰る日が少なくなって、、、」
「って言うと お子さんとかご両親の事ですか?」
「そうなんです 実は私 ばつ一で向こうに子供が居るんですよ」
「それは寂しい話ですね じゃあ僕が頑張りますよ」
「嬉しい ありがとうございます」
二人が話し込んでいるとタクシーは高速を下りて
久保祥子が指示した上原3丁目の交差点についた
「お客さん 着きましたよ」
「はい ありがとうございます」
神山が5千円札を出してタクシーから降りた

「ごめんなさい ここから少しだけ歩くの」
「いいですよ でもこの辺は高級住宅でしょ 凄いなぁー」
「上流階級の人達が多いから ショップに都合がいいんです」
「うん なるほど そうですね」
「駅のモールにニーナ・ニーナを入れて貰えるか否か 
大変な時なんです 結構小さいスペースなんですけど 
今 他のブランドと競っている所なんです」
「それは大変な時期ですね」
「ええ 地域的にはブティックが新宿にあるので 
無理して入らなくても良いとは思っているのですが
やはり上流階級が住んでいる場所の基点にしたいみたいです」
「なるほど それでアンテナショップですか」
「ええ ある部分ではその通りですが 服飾関係だけを
販売して行きたいとの考えなんです
私は少しスペースが足りないと言う事で反対はしているのですが」
上層部からの命令で どうしても確保したいのです」
「それは 大変なお仕事ですね」
「ええ ブティックがオープンしても満足な品揃えが出来ないし 
困っています」
「それなら ビジュアルマーケティングの基本的なことは
分かりますから いっぱい応援しますよ」
「わあっ 嬉しい」
久保祥子の顔が明るくなった
やはり 大切な事柄を抱え込んでいたのだ
まあ 自分なりに全力を尽くしてみるか


久保祥子は神山が勤務する株式会社鈴やが70%出資した会社で
ニーナ・ニーナジャパンという青山に本社がある会社に勤務している
役職はチーフで副社長直轄の部長になる
サブグランドマネージャーの筒井は出向社員だった
銀座店で婦人服飾部長を務め3年前にニーナ・ニーナに出向した
筒井と神山は上野店の時からの知り合いだった
神山がまだ入社した頃 装飾の打ち合わせで筒井とよく話していた
たまたま軽井沢で店外催事があった時 総責任者が筒井だった
その時 神山は婦人服の装飾コンセプトを筒井に聞いた
夜遅く何時に終わったか定かではないが 二人とも真剣だった
筒井も神山の若さと情熱を羨ましく思っていた
その筒井が 今 ニーナ・ニーナの副社長とは羨ましかった
いくら出向であろうと この様な美しい女性に囲まれて仕事が
出来るのならば 多少の苦労も吹っ飛ぶのではないかと考えた

親会社と子会社の関係ではないが 神山は銀座店にきてから
年2回開かれる新作展に出向くようにしている
上野店の時は客層が高い為 取扱商品群の年齢層が高く
品揃えや商品展開も大した事は無かった
しかし銀座店では全アイテムの商品展開が出来 
売り上げもまずまずの成績だった
今回の上原出店は筒井のアイデアらしかった


二人は手をつないで歩いていると 夜風が気持ちよく
神山は久しぶりに 楽しい夜が過ごせたと思っていた
「着きましたよ ここです」
「へぇー凄い可愛くしゃれたマンションじゃないですか」
「そうね 私もなかなか気に入っているんですよ」
久保祥子の住まいは小高い丘に建てられたマンションだった
6階建ての6階に住んでいた
エントランスにあるステンレス製のポストを見ると10部屋だった
正面脇にあるエレベーターの前にもう一枚自動扉のガラスがあった
久保祥子はインターフォン横にあるカードスキャーナーに
カードをスライドさせ 暗証番号を入力すると
正面の大きなガラスが静かにゆっくりと開いた
神山龍巳はこのガラスの大きさに驚いていた               
普通どんなに大きなガラスでも高さは2m50cm位だが
ここのは優に3mを超えていた
エントランスルームには心が和む光が落ちていた
天井が高いので かなり開放感を感じる事が出来た
床はチーク材の無垢フローリング材が敷かれていた 木目が綺麗で
たっぷりとワックスが塗られているのか靴の反響音がフロアに響いた
壁面はコンクリートむき出しが殆どで 
床材と同じチークとステンレスがアクセントで使われていた
シンプルなデザインの中にも木部の温もりを感じた      

神山がマンションの造りに見とれていると久保祥子が
「あのー神山さん 私部屋を少し片付けてきますから 
こちらで待っていてくださいね」
エレベータ横にある喫煙者用の待合室に案内された
「はい 分かりました 周りの夜景を見ていますよ」
「片付きましたら お迎えに上がります」
「はい お願いします」
そう言うと久保祥子はエレベーターのボタンを押して
箱が来るのを待っていた
扉が開くと久保が手を振るので 神山も手を振った

早速ソファーに座るとイタリア製のキャンバスソファーで
ふんわりして気持ちが良かった
テーブルもアルフレックス製でシンプルモダンで纏めていた
さすがに疲れたのか 目をつぶると睡魔が襲ってきそうだった
エレベーターの脇奥に扉とインターフォンが着いているので
多分管理人が住んでいると思った
建物自体は正方形に近い横長の造りで 
真ん中にエレベーターが配置されていた
(そうすると 部屋は結構広いんだな でも家賃が高そうだし
まあ当分の間は 横浜の狭いところでいいか)
神山はタバコが吸いたくなり灰皿を探すと
端のほうにステンレスの筒状の灰皿が置いてあった               
動かそうと持ち上げたが 床固定されていて動かせないので
仕方なくその場で立ってタバコを吸った
考えてみれば キャンバスにタバコの火が移ったら大変な事になる

神山龍巳は改めてエントランスを見渡すと 奥の管理人室まで
コンクリートだが 後は全てガラス張りでなかなかの造りだった
天井も普通3mもあればいいところ5mはゆうにある
神山は設計したデザイナーに敬意を評した
天井からの柔らかい光の下でタバコを吸いながら
新宿方面の夜景を眺めていた





次回は4月13日掲載です
.

2012年4月3日火曜日

出会い 1 - 1 Vol. 1



平成10年4月3日 金曜日 快晴

「あれっ もしかして久保さんですよね 神山です こんばんわ」
「あら 神山さん こんばんわ お花見ですか」
「ええ 土日は込むでしょ お花見どころじゃないから」
「神山さんは確か昨年4月に銀座に来られたんでしょ」
「ええ 人事異動で 上野から花の銀座ですよ」
「まあ 花の銀座なんて でもなぜ上野に来られたんですか」
「ええ 上野店の連中が是非と言うもんですから」
「ふふ まだ心は上野のままですか 早く銀座に慣れて下さい」
「ははは すっかりお見通しですね 徐々になれますよ」

神山龍巳は名古屋に本店がある百貨店鈴やのエリートサラリーマン
入社は昭和51年度入社で 14年目36歳の若さで課長昇進は
同期の中でも群を抜いて早い抜擢である
役職は販売促進部催事課装飾専門課長で 百貨店催事の企画から
店内装飾のデザインや 外交的なことも行っている

入社しその抜群な能力を買われ一時営繕課デザイン業務も携わった
今夜の花見は上野店営繕課当時の仲間に誘われて参加した

「久保さん お仲間はどうされたんですか?」
「ええ 一人おトイレに行ったきり 帰ってこないので、、、」
「そうか 心配ですね 迷わなければいいですね、、、」
「神山さんの方は?」
「ええ 盛り上がっていますが 早々に引き上げです
若いのと一緒だと からだが幾つあっても足りませんよ」
「そうよね ほんと若い子は良く呑んで騒いで こちらも大変」
「またー 久保さんだって まだまだ若いですよ ほんと」
「まあ お上手ね でもありがとう 嬉しいです ふふふ」

二人で話し込んでいると おトイレから戻ってきた浜野由貴が
「チーフ ごめんなさい お待たせしました                       
あれっ 神山さんだぁー こんばんわ」
「やあ 浜野さん こんばんわ 盛り上がっているんだってね」
「ええ でもそろそろ帰ろうかって 話をしていたところです」
「そうなの 私 何も聞いていないわよ」                        
「ごめんなさい チーフ 私の後におトイレに来た林さんも
そろそろ 引き上げましょうかって そう言われてました」
「そうなの そうよね 女3人だとつまらないものね」

それを聞いていた神山龍巳は
「なんだ 女3人で桜見物なの?」
「ええ そうなんですよ 最初はもう少し居たんですよ
でも 色々とありまして 早々に引き上げていきました」
「そうかー それだったらこれから呑み直しをしようよ どう」
「わぁ 神山さんとご一緒できるんですかチーフ行きましょうよ」
「まあ 目を輝かせて いいわよ でも林さんはどうかしら」
「大丈夫ですよ 神山さんの大ファンですよ 
チーフ 知らなかったんですか?」
「まあ そうなの だってあの人いっぱいファンの人居るでしょ」
「でも 神山さんは別格の大大ファンですよ」
「私はいいわよ 神山さんよろしいですか?」
「ええ 両手に花なんて 初めての事ですから 嬉しいですよ」
「まあ お上手」

3人が話していると林恵美がおトイレから戻ってきて
「チーフ すみませんお待たせしました
あら 神山さん こんばんわ お花見ですか」
「ええ していましたが 早々に帰ろうと思っていたところです」
「まあ 偶然ですね」
「それで浜野さんから聞いたのですが お開きにするんだったら
この近くで 呑み直そうと話していたんですよ」
「いいんですか 私なんかがご一緒でも、、、」
「そんな 周りに女性って 初めての経験ですから ははは」
「店長 そんな事言わないで ご一緒しましょうよ ねっ」           
「チーフは、、、」
「私は大丈夫 林さんや浜野さんは大丈夫? 時間も遅いし」
「大丈夫ですよ 電車がなくなったらタクシーで帰りますし」
「まあ 元気 ははは」
「それでは 話は決まったね では行きましょうか」


久保と神山が前を歩く形で広小路通りを歩くと
大きなビルの前に着いた
4階から上が居酒屋さんというちょっと珍しい建物だった
「久保さん このビルはね昨年秋に出来て
最初なにが入るのか検討も付かなかったらしいですよ」
「このお店なら銀座にもあるわ 銀座はもう2年位経つかしら」 
「そうそう あそこと同じところが経営していますよ」
「近いうちに私たちが ご招待しますよ」
「ええ お願いします」

エレベーター周りは居酒屋のイメージではなく
どこかのブティックにきたような ファッショナブルな造りだった

浜野由貴と林恵美は始めて見る 居酒屋のエレベーターに驚き
「神山さん ここって高くないんですか?」
「ははは 大丈夫ですよ チェーン店だから安いですよ
多分 銀座と同じじゃないかな」
平日だといってもお花見の時期なので エレベーターを待つ
サラリーマンのグループなどが結構多く見られた
「普段はもう少し静かで お客さんも程ほどですが 
この時期はちょっと 多いですね」
「そうですよね お花見でなくてもここら辺は人が多いですよ
なんと言っても鈴やさんや アメ横があるから」
「そう まあ持ちつ持たれつですかね」

4基あるエレベーターのうち2基が居酒屋専用となっていて
そのうちの1基が降りてくると 扉が開いた
箱の中からは 今まで呑んでいたお客がわんさかと出てきた
神山たちは最初に乗り込んだので 箱の隅の方においやられ
ちょうど久保と向き合う格好になり ちょっとばつが悪かった
最上階の8階で降りると そこは普通の居酒屋さんの構えだが
木札の付いている下駄箱だったり 廊下が畳敷きなど
少しばかり料亭の雰囲気を楽しめる内装だった

受付で待っていると若いスタッフが席まで案内してくれた
隣とのパーテンションは深緑色の漆喰風の落ち着いた壁の上に
黒色格子の障子が設けてあり なかなかしゃれていた
席は掘りコタツ式になっていて 足が伸ばせるところが好評で     
男性だけではなく 女性の利用が多いのも頷けた
テーブルは丸太をスライスしたものがそのまま置かれていて
木肌の温もりを感じながら 食事が出来た
席順は久保祥子の隣に神山が座り 反対側に浜野と林が座った

「チーフ なにか足元がすうすうしませんか?」
「そうね 私も少し感じる うん」
「ははは これはですね タバコの煙を吸う機械があるでしょ
あれの 足元バージョンですよ」
「そうなの だから少しすうすうするんですね」
「会社の帰りだと 気を付けていてもねぇ」        
「そうね 男の人だけじゃなくて 女性でも汗をかくし助かるし」

浜野と林はメニューを見ておつまみや飲み物を探していた
「神山さんは何を呑まれますか?」
林はメニューから目を離し 神山の顔をじっと見つめ聞いた
「僕は軽く 焼酎のグレープフルーツ割にしますよ」
「じゃ私も 同じのにするわ」
神山と林の呑みものが決まると 他の二人も同じものにした
「おつまみは何にされますか?」
神山は林からメニューを受け取ると 暫く考え                     
「うーん なんでもいいけれど そうだなこれとこれかな
それより 女性が食べたいものを頼んでよ
ここは僕が誘ったんだし ご馳走させて頂きますよ」
「はーい じゃいっぱい頼んでも大丈夫ね」
浜野由貴は愛らしい目をくりくりさせて 神山龍巳を見ていた 

スタッフが注文聞きに来ると 林と浜野が争うように注文し
「神山さん 以上でいいですか?」
「うん 僕は構わないよ 君たちはそれでいいのかな」
「ええ ありがとうございます 大丈夫です ねぇ店長」
「ええ 大丈夫ですよ」

スタッフが戻ろうとした時に神山龍巳が
「悪いんだけど ビールと簡単なおつまみだけでも先にお願い」
「はい かしこまりました 直ぐにお持ち致します」
若いスタッフは丁寧にお辞儀をして 戻っていった

「ねえ 神山さん 一昨日って歓送迎会でしたでしょ」
「うん よく知っているね」
「勿論ですよ 神山さんの事はなんでも分かりますよ」
神山は久保祥子が言っている意味が分からなかった
(銀座店の内情がなぜ分かるんだろう、、、)
暫く考えていると 先ほどのスタッフが生ビールとおつまみを
運んできて 各人の前にジョッキを置いた
「さあ 上野のお山に乾杯しましょう かんぱーい」
神山の音頭で乾杯しみんなのジョッキがカチンと響いた
「さあ 遠慮しないでガンガン呑んでね」
「わぁー 嬉しいけれど おトイレが近くなるし ねぇ先輩」
「そうよ 呑むのはいいけれど おトイレはね」
「まあ そう言わずにガンガン行きましょうよ」
神山たち4人は すぐに生ビールを呑みほすと焼酎を頼んだ

今度は可愛い女の子が焼酎1本と氷と水 グレープフルーツを
運んできて 大きなグラスをテーブルに置いて戻っていった
グレープフルーツは半分にカットされていて
自分たちで絞ってグラスに入れるようになっていた
「だから ここはいいのよね 天然だから」
「そうそう 他のお店だと何を入れられているか分からないもの」
浜野由貴と林恵美が口を揃えて 神山に話していた
神山が浜野と林の分を絞ってグラスに入れると
「神山さんって 優しいんですね」
林が目をキラキラさせて 神山を見ながら言った
「いやいや このぐらい ほら多少でも力仕事でしょ」
隣に座っている久保祥子はクスクス笑いながら
「多少は力仕事でも 私たちだって出来ますよ ふふふ」
そう言うと 久保祥子は神山の為に果実を絞り
大きなグラスに焼酎と氷を入れて 果実を注いだ
「はい どうぞ」
「いやぁー 参った 女性でも出来るんだ これまた失礼」
3人の女性は神山龍巳のおどけた仕草に大笑いした   

グレープフルーツが無くなると神山は可愛い女の子を呼んで
「これが無くなったから もう少し持ってきてくれるかな」 
「お幾つ持って来ればよろしいですか?」
「うーん そうしたらあと4切れ持ってきてくれるかな」
「はい かしこまりました 少々お待ちくださいませ」
そう言うと 丁寧にお辞儀をして 厨房へ戻っていった
「随分と訓練されているね 気持ちがいいね」
「そうですね 普段接客をしているから余計に感じますね」
久保祥子は神山の横顔をじっと見つめて話していた
神山が焼酎を呑み終わると グレープフルーツの果実を絞り
自分のグラスに注いでいると浜野由貴が
「あのー神山さん グレープフルーツって酸が 
強いから程ほどにされたほうがいいですよ」
「ほぉー そうなんだ」
「ええ 私 大学の時 フランスへ留学した時に
アルバイトで グレープフルーツを売っていたんですよ
ほら 色々と勉強するのにお金が足りないでしょ だから、、、」
「偉いね 留学してアルバイトか それで」
「ええ 毎日グレープフルーツの果実を絞っていると手が
ツルツルになってきたんです」
「へぇーそんなに強いのか でもお肌に良いと言われているよね」
「それでも毎日顔にじかに付けていると 肌荒れを起こしますよ」
「そうなんだ いやぁー 初耳だよ 気をつけよう」
「だから余り大量に飲まないほうがいいですよ」
「そうだね ありがとう」
神山は浜野に言われてからは 果実を半分にして焼酎を呑んだ

おつまみも半分くらい食べると林恵美がおトイレに行った
それを合図に浜野由貴も一緒におトイレに向かった
「ははは 女性のつれしょんか」
「まあ 神山さんたら 変な事言わないでくださいよ ふふふ」
神山は時計を見ると 22時を回っていたが
最終電車にはまだ充分に時間があるのでゆっくりしていた

「いかがですか 銀座の催事課は」
「ええ 上野より楽しいですよ なにしろ宣伝課と仲がいいし」
「そうですね 上野より銀座のほうが連絡が取れていますし
私たちも銀座のほうが お仕事はしやすいですよ」
「そうですか では機会があったらそれとなく上野に話しますよ」
「まぁ いいですよ ごめんなさい 余計な事をお話をして」
「いいじゃないですか 改善できるところは 改善しないと 
そのうちに置いてきぼりになりますからね」
久保祥子と神山が話していると浜野と林が戻ってきて
「チーフ 私たちこれで失礼します」
「おや まだ呑めるでしょ」
「ええ でも明日のお仕事もあるし 神山さん ごちそうさま」
「うん 気をつけて帰ってね 今夜は楽しかったよ」
「次回は銀座で呑みましょうね ではチーフ失礼します」
「はーい 気をつけて帰ってね 明日お願いね」
浜野由貴と林恵美は神山と久保に深々とお辞儀をして
受付に向かい浜野は下駄箱の手前で神山に手を振った
神山もそれに答えて 両手を振った

「さあ これからカラオケが出来るしゃれたお店に行きますか」
「わぁー カラオケですか いいんですか?」
「大丈夫ですよ」 
「嬉しい ご一緒しま~す」
神山が精算を済ませると 混み合っているエレベーターに乗った
アルコールで熱くなった久保祥子と体が触れ合いどきりとした
エレベーターの扉が開くと 涼しい風が気持ちよかった

広小路通りにでると神山は高いビルを指差しながら
「ほら見えるでしょ あのビルの最上階ですよ」
「へぇー あんなところにカラオケですか?」
「ええ もっともカラオケはおまけみたいなもので
大抵のお客さんは 外を眺めながらチビリチビリやっています」
「そうしたら カラオケ出来ないですね」
「大丈夫ですよ 安心してください」
神山はビルの最上階を見ている久保祥子の横顔を見ていた
(綺麗な女性だ お付き合い出来たらいいな)
「ねえ 神山さん 本当にいいんですか?」
「ははは 大丈夫ですよ」
「ごめんなさい 私 今夜はあまり持ち合わせが無い物ですから」
「心配無用です さあ行きましょう」
少し安心したのか 久保祥子の顔が明るくなった

4月だというのにまだ肌寒いのに 今夜は少し暖かかった
濃紺のジャケットに白いブラウスが素敵で
生暖かい優しい風が 久保祥子の髪の毛を撫でていた
「今夜は普段より すこし暖かいですね」
「ええ 僕もそう感じていたんですよ ちょうどいい具合ですね」
「お酒も入っているし このぐらいが気持ちいいですね」
「久保さんって お酒いけるほうですね」
「そんな事ないですよ もう一杯です」
「だって 足元もしっかりしているし 本当は強いんでしょ」
「だって男性が居るところで フラフラ出来ないでしょ」
「うーん そうか そうすると 家に帰るとバタンキューですか」
「その前にお風呂に入りますよ ちゃんと」
「僕はバタンキューで 翌日シャワーですね」

話しながら歩いているとしゃれた造りのビルに着いた
エレベーターで最上階に降りると 目の前にガラスがあり
そこからの眺めは目を見張った
「ここって 少し怖いですね ほら下まで見えているし」
「そうですね エレベーターの前側 この広小路側が
全面ガラス張りに成っているので なれないと怖いかも」
「それで下から見上げた時に 人影が動いていたんですね」
「そうですよ よく見えるから スカートの格好で
このガラスのところに居ると 下から覗かれますよ ははは」
「まあ そうなんですか」
久保祥子はそう言うと ガラスから離れて神山の顔を見た
「大丈夫ですよ 夜だし 見えないですよ」
「まあ 神山さんの意地悪 ふふふ」

床にはタイルの張り分けでお店の名前が書かれていた
「神山さん『ビーンズ』って素敵なお店ですね」
「でも 豆類のことでしょ うーんって感じです」
「可愛らしくて いい名前よ」
「そうですか それでかな 女性客が多いのは」
「うーん あと美味しくてリーズナブルじゃないかしら」
「そうですね 確かにそんなに高くは無いですよ」
エントランス右側に店の入り口があり 神山が二人と伝えると
ボーイが全面ガラス側の席に案内した
店内は薄暗くガラステーブルが下からの照明で浮かんで見えた 

席に着くと久保は落ち着かないのか 周りを見渡していた
「どうされました 落ち着かないですか」
「ええ こんなに素敵なところは初めてなんですよ だから」
「僕も初めは落ち着かなかったですよ でも直ぐになれますよ」
このフロアは天井までが高くて開放感が味わえるが
マド側の席が少し高くなっていて 落ち着かないところがある
建物構造上マド側に梁を設ける為 マド側床自体を高くして
その分 客席をマド側に付けるレイアウトがされていた

「でも このマドガラスを覗くと直ぐ下の歩道が見えるでしょ」
「ははは 久保さんは高所恐怖症ですか」
「うーん かも知れないわね だって初めてですもん」
「じゃあ 初めてでしたら 慣れるまでムズムズしますね」
「大丈夫よ 平気です」
「ははは 何を呑まれますか?」
「カクテルにしようかなぁ ほら あそこのテーブルの人」
久保がちょこんと出した手のひらの先を見てみると
「あのピンク色したカクテルですか?」
「そう 分からないけれど 美味しそうに呑んでいるので」
「では早速注文しましょうね」
神山は片手を挙げて ボーイを呼ぶと
「ほら あそこの女性が呑んでいるピンクのカクテルと
そうだな 僕はマティーニでお願いします」
「お客様 あのカクテルはミリオン・ダラーと言いまして
甘くていい香りのするカクテルです アルコール度数は8%です」
「うん お願いします いいですね」
「はい お願いします」
「おつまみは如何されますか?」
「うーん モッツァレラは今日ありますか」
「ええ 大丈夫ですよ」
「それから フランスパンの薄切りを焼いたのってありますか?」
「ええ 大丈夫ですよ」 
「そうしたら それをお願いします」
ボーイがメモをとって厨房に戻ると久保祥子が
「神山さんモッツァレラなんてご存知なんですか 凄いグルメ!」
「ははは 種明かしは先日の歓送迎会で覚えたんですよ」
「まあ そうなんですか」
二人は顔を見合わせて 笑い出した

暫くするとボーイがグラスビールとカクテルを運んできた
「あれっ ビールは注文していないのに」
「ええ このお花見のシーズンはカップル様限定で
ウェルカムビールをサービスさせて頂いているんですよ」
「そうだよね 先日きた時には なかったよね ありがとう」
ボーイがグラスビールやカクテルなどテーブルに置くと
深々とお辞儀をして厨房へ戻っていった
薄い乳白のガラステーブルに置かれたミリオン・ダラーは
まるでピンクの液体が宙に浮いているようで美しかった
「綺麗ね このカクテル」
「うん ピンクの光るボールが宙に浮いているようだ」
「ほんと 宙に浮いているようですね」
久保祥子は初めてみる光景に感心していた
「さあ 呑みなおしの乾杯でもしましょうか」
「は~い」
神山と久保は笑みを浮かべ互いの目を見つめ乾杯した
二人はよく冷えたグラスビールを一気に呑むと
「久保さん 改めて乾杯」
「ふふふ 何回してもいいですね」
互いのカクテルグラスを少しだけ持ち上げて乾杯した

薄切りパンにモッツァレラを塗り口に入れると美味しかった
「神山さん この小さなパンがいいのね」
「うん これが普通のフランスパンだと 大きすぎるでしょ」
「でもこんなに細長いフランスパンってあるのかなぁー?」
「きっと アメ横あたりで売っているんじゃないですか」
「まさか でも分からないですね」
「美味しいね どこで売っているんだろう 聞いてみようか」
久保祥子は答えずに神山の顔をみて頷いた
神山が手を挙げてボーイを呼ぶと
「このフランスパンなんだけれど 凄く美味しいね」
「褒めて頂いて ありがとうございます」




次回は4月8日に掲載です
.

プロローグ



「わぁー どうして死んだんだぁー バカヤロー」
神山龍巳は 思い出の場所で一人遠くを見ていた

昨年4月に交通事故で亡くなった庄司由紀枝を忘れられず
二人でよく来た 森林公園に来てしまった 


「今日はね サンドイッチと簡単なサラダとウインナーと、、、」
「ははは 分かったってば それから良く冷えたワインだろ」
「ピンポーン よく判るわぇー さすが山ちゃん」
「でも ビールは持ってこなかったでしょ」
「あっ いけない 忘れたぁー」
「ははは そんな事だろうと思って 用意しておいたよ」
「わぁー よく準備してくれたわ ありがとう」
「だって 去年の紅葉狩りの時も忘れたでしょ」
「そうね そうだったわ ごめんなさい ふふふ」
由紀枝が神山と自分のグラスにビールを注ぐと
「じゃ お花見で乾杯だ」
「はーい 楽しいわ 山ちゃんと一緒だと」
由紀枝は笑顔で神山の目を見つめながらささやいた


神山龍巳はその時座ったベンチに一人で座っていた
桜がちょうど満開で 周りの景色は昨年と同じだが
今年は 庄司由紀枝が向かい側にいない

森林公園は名古屋市にある広大な敷地の自然公園で 
桜の時期は花見客でいつも賑わう名所だ

二人が座る場所は決まっていて 敷地の広場から離れ
桜が良く見える 大きな木の下のベンチだ

庄司由紀枝が用意したアウトドア用のチェアーに座り 
ベンチにはテーブルクロスをかけ ひと時を楽しんだ
そのチェアーも 今は神山龍巳の部屋で寂しそうにしている        


「すみませーん ボール取ってくださーい」
小学生の女の子がサッカーボールを追いかけ 
神山龍巳の処まで転がってきたが 気が付かなかった

その女の子は 神山のところまできてボールを拾うと
ぼんやりとしている神山を見て首をかしげ家族のところに戻った
「ねえ ママ おのおじさん 可笑しいよ」
「どうして?」
「だって ボールとってくださいって頼んだのに 何も答えないし
私が そばに行っても 何も話さないで ぼぉーっとしている」
「まあまあ 大人には色々と考える事があるから 勘弁してね」


神山龍巳は時計を見ると13時を指していた
小さなボストンバックから 由紀枝と一緒に呑んだワインを
ベンチの上に出し コップもその時の使ったコップを持ってきた
コルクを上手に外すと コップにワインを注いだ

「由紀枝 どうか天国で 幸せになってくれ 乾杯」


庄司由紀枝は会社の用事で東京に出張し 名古屋に戻ると
タクシーを利用し神山と逢う途中の事故だった

今でも悔やまれるのは 神山が名古屋駅まで迎えに行っていれば
由紀枝は死なずにすんだと思っている                                                                           
「どちらまで 行かれますか」
「自由が丘までお願いします 少し急いでいるので すみません」
「はい 分かりました それでは裏道で急ぎましょうね」
タクシーの運転手は 知っている裏道を走った

神山が待つマンションまで あと角を一つのところで事故は起きた

左折しようとしたタクシーにダンプが後ろから追突した
「ガッシャ-ン」
マンションで待つ神山にもその音が聞こえ何が起きたか分かった 
テラスに出た神山はふっと悪い予感が頭をよぎった
「もしかして いやそんな筈はない」
そう思いながら 着の身着のままで事故現場に向かった

交差点を渡り始めるときに 救急車のサイレンが遠くから
聞こえてきた
「そんな筈はない 由紀枝じゃないよ」
そう願いながら現場に着くと ぐったりしているのは由紀枝だった
「由紀枝 大丈夫だ 今 救急車が来る がんばれ」
「やまちゃん ごめんね 折角楽しみにしていたのに」
「いい しゃべるな 静かにして がんばれ」
「うん わたし だいじょ・う・ぶ、、、」
「由紀枝 がんばれ もうすぐ来るから、、、」
「、、、、、」
由紀枝はその一言をいったあとは いつもの優しい寝顔になった

暫くすると救急車がきて 由紀枝は病院に搬送され
同乗した神山は由紀枝の手をしっかりと握り励まし続けた

病院に着き暫くすると 由紀枝の母親も駆けつけてきた

寝ている由紀枝に母親が
「由紀枝 ごめんね 早く良くなってね、、、」

神山龍巳は庄司の母親と顔を合わせるのは初めてだった
母親は改めて神山に
「由紀枝がいつもお世話になっています こんなところで
お会いするなんて、、、 神山さま ごめんなさい」               
母親はそう言うと泣き崩れ 病院の壁にもたれ掛かった 


医者の話だと頭部を強打しているので 今夜が山だと言われ
神山龍巳は部屋着で来ている事を思い出し一旦自宅に戻った

マンションに戻り着替えを済ませ軽く食事をとり病院へ向かった
集中治療室前では 母親が泣き崩れ 床に伏せていた
「どうされましたか」
神山が母親に聞くと 嗚咽をしながら
「たった今 天国にいきました 神山さんごめんなさい」
その一言をいうと 床に伏せ泣き止まなかった

由紀枝が天国にいった時間はちょうど13時だった

神山龍巳は信じられない気持ちで一杯だった
どうして 一人で天国にいったんだ
なぜタクシーになんかに乗ったんだ
どうして名古屋駅に行かなかったんだ

その場を動けなかった神山龍巳だった
時間だけが過ぎ あたりが夕暮れになる頃にようやく
喉が渇いていることに気が付き 自販機でジュースを飲んだ

「うん わたし だいじょ・う・ぶ、、、」
数時間前に聞いた由紀枝の声が何回も繰り返し頭の中で呟いていた


今でも事故当日の由紀枝の顔と言葉が鮮明に残っている
ワインが残り少なくなると 楽しかった時と同じ風が吹いてきて
桜の花びらが夕焼けの空に舞っていた







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登場人物






株式会社 鈴や 銀座店
東京都中央区



池上聡 店長 53歳
林栄治 内務店次長 55歳
山本慶介 外商店次長 53歳
田中富雄 秘書課長 50歳
鈴木恵子 秘書係長 43歳
高橋誠一 販促部長 55歳
奥村康平 催事課長 44歳
倉元達也 装飾D専門部長 50歳
斉藤由香里 経理担当係長 39歳
市川大輔 事務担当係長 42歳
神山龍巳 装飾D専門課長 42歳
杉田翔 装飾D専門係長 33歳
高野肇 熱海売店長課長 46歳
金子義男 熱海家族寮長 42歳
金子亜紀 3年前結婚 28歳





株式会社 鈴や 上野店
東京都台東区


滝川恵美 サービス課係長 39歳
平山可奈 サービス課主任 28歳
百瀬ゆうこ サービス課 24歳
小池奈々子 サービス課 24歳
松永陽子 サービス課 20歳
梅田麻衣子 サービス課 20歳





株式会社 鈴や 東京本社
東京都中央区


権田三朗 社長
時田清三郎 副社長 60歳
中村巧 秘書室長(理事) 56歳
秋山由実子 秘書課長 46歳
浮田慶子 秘書係長 35歳
西野清 管財部長(理事) 50歳
堀田茂 総務部長(理事) 55歳
仲本弘一 人事課長 48歳
矢部芽衣子 人事係長 40歳
田所洋子 人事担当係長 39歳
安井奈々子 人事課 27歳





鈴やサービス装飾銀座支店
高橋吉郎 支店長 47歳





ニーナ・ニーナ東京支店
ニーナ・ニーナジャパン東京本社
東京都港区


筒井健一 副支店長 47歳
ニーナ・ニーナ J GM
久保祥子 チーフ部長 36歳
須藤美紀 事務課長 38歳
津田靖男 事務係長 33歳
徳永弥生 事務係長 27歳
林恵美 銀座店長課長 45歳
上野かおり 営業事務係長 39歳
浜野由貴 銀座店主任 27歳
(青山学院)

渋谷なつみ 銀座店 38歳
益田由佳里 上野店長課長 42歳
古屋朋子 上野店係長 38歳
安田桃子 事務上野店 25歳
(青山学院浜野の後輩)
高野哲也
38歳
大田一郎
32歳
熊本明子40歳 H6年12月退職(上原住在)





株式会社 アルタ (施工)
本社 東京都文京区
内藤一哉 社長 43歳
内藤真奈美 副社長 40歳
(旧姓高田真奈美)
佐藤泰治 部長 48歳
高橋孝一 課長 42歳
内野誠二 係長 35歳
田中幸三 係長 32歳
梅崎淳一
22歳
(多摩美出身田中の後輩)
浜野和也 GD係長 35歳
山下智弘 担当課長 42歳
小谷美佳 本社受付嬢 25歳
武田恭子 本社人事課 36歳
田代純一 横浜支店長 41歳
木村譲二 横浜支店 25歳
小塚保広 横浜支店 25歳





アルタスカイ 建築部門専門
内藤一哉 社長 43歳
渡辺高次 課長 42歳
高橋課長と同期入社





ゴテンバ グランド イン
椿秀介 総支配人 43歳
アルタ内藤と慶応大学同級生 テニス部
椿純子 (旧姓 石原) 40歳
アルタ真奈美と多摩美同級生
橘啓祐 副支配
桜川亜矢子 グランド マネージャー 36歳
矢田部愛 サブマネージャー 33歳
坂井登志子 人事部長 37歳
亜矢子同様 第1期生





伊豆赤沢ホテル
山本清次郎 総支配人 58歳
大竹健次郎 料理長 53歳
庄司由紀枝 食堂課 27歳





アレックスジャパン本社
東京都港区青山
アレックス会長
アレックスJr 社長 40歳
ボーン シュナイダ 副社長 37歳
ジャック ヘリントン 財務部長 43歳
ナタリー ヘリントン
36歳
篠原涼子
26歳





アメリカナ大使館
ジョン ブラームス 海軍大佐





メイドクラブ

靑山祐子
26歳






スーパーデコ デコレーター会社
細川恵子 社長 50歳
山崎愛 社員 28歳
佐々木艶子 社員 30歳
朝川典子 社員 24歳
品川鮎子 社員 25歳