「わぁー どうして死んだんだぁー バカヤロー」
神山龍巳は 思い出の場所で一人遠くを見ていた
昨年4月に交通事故で亡くなった庄司由紀枝を忘れられず
二人でよく来た 森林公園に来てしまった
「今日はね サンドイッチと簡単なサラダとウインナーと、、、」
「ははは 分かったってば それから良く冷えたワインだろ」
「ピンポーン よく判るわぇー さすが山ちゃん」
「でも ビールは持ってこなかったでしょ」
「あっ いけない 忘れたぁー」
「ははは そんな事だろうと思って 用意しておいたよ」
「わぁー よく準備してくれたわ ありがとう」
「だって 去年の紅葉狩りの時も忘れたでしょ」
「そうね そうだったわ ごめんなさい ふふふ」
由紀枝が神山と自分のグラスにビールを注ぐと
「じゃ お花見で乾杯だ」
「はーい 楽しいわ 山ちゃんと一緒だと」
由紀枝は笑顔で神山の目を見つめながらささやいた
神山龍巳はその時座ったベンチに一人で座っていた
桜がちょうど満開で 周りの景色は昨年と同じだが
今年は 庄司由紀枝が向かい側にいない
森林公園は名古屋市にある広大な敷地の自然公園で
桜の時期は花見客でいつも賑わう名所だ
二人が座る場所は決まっていて 敷地の広場から離れ
桜が良く見える 大きな木の下のベンチだ
庄司由紀枝が用意したアウトドア用のチェアーに座り
ベンチにはテーブルクロスをかけ ひと時を楽しんだ
そのチェアーも 今は神山龍巳の部屋で寂しそうにしている
「すみませーん ボール取ってくださーい」
小学生の女の子がサッカーボールを追いかけ
神山龍巳の処まで転がってきたが 気が付かなかった
その女の子は 神山のところまできてボールを拾うと
ぼんやりとしている神山を見て首をかしげ家族のところに戻った
「ねえ ママ おのおじさん 可笑しいよ」
「どうして?」
「だって ボールとってくださいって頼んだのに 何も答えないし
私が そばに行っても 何も話さないで ぼぉーっとしている」
「まあまあ 大人には色々と考える事があるから 勘弁してね」
神山龍巳は時計を見ると13時を指していた
小さなボストンバックから 由紀枝と一緒に呑んだワインを
ベンチの上に出し コップもその時の使ったコップを持ってきた
コルクを上手に外すと コップにワインを注いだ
「由紀枝 どうか天国で 幸せになってくれ 乾杯」
庄司由紀枝は会社の用事で東京に出張し 名古屋に戻ると
タクシーを利用し神山と逢う途中の事故だった
今でも悔やまれるのは 神山が名古屋駅まで迎えに行っていれば
由紀枝は死なずにすんだと思っている
「どちらまで 行かれますか」
「自由が丘までお願いします 少し急いでいるので すみません」
「はい 分かりました それでは裏道で急ぎましょうね」
タクシーの運転手は 知っている裏道を走った
神山が待つマンションまで あと角を一つのところで事故は起きた
左折しようとしたタクシーにダンプが後ろから追突した
「ガッシャ-ン」
マンションで待つ神山にもその音が聞こえ何が起きたか分かった
テラスに出た神山はふっと悪い予感が頭をよぎった
「もしかして いやそんな筈はない」
そう思いながら 着の身着のままで事故現場に向かった
交差点を渡り始めるときに 救急車のサイレンが遠くから
聞こえてきた
「そんな筈はない 由紀枝じゃないよ」
そう願いながら現場に着くと ぐったりしているのは由紀枝だった
「由紀枝 大丈夫だ 今 救急車が来る がんばれ」
「やまちゃん ごめんね 折角楽しみにしていたのに」
「いい しゃべるな 静かにして がんばれ」
「うん わたし だいじょ・う・ぶ、、、」
「由紀枝 がんばれ もうすぐ来るから、、、」
「、、、、、」
由紀枝はその一言をいったあとは いつもの優しい寝顔になった
暫くすると救急車がきて 由紀枝は病院に搬送され
同乗した神山は由紀枝の手をしっかりと握り励まし続けた
病院に着き暫くすると 由紀枝の母親も駆けつけてきた
寝ている由紀枝に母親が
「由紀枝 ごめんね 早く良くなってね、、、」
神山龍巳は庄司の母親と顔を合わせるのは初めてだった
母親は改めて神山に
「由紀枝がいつもお世話になっています こんなところで
お会いするなんて、、、 神山さま ごめんなさい」
母親はそう言うと泣き崩れ 病院の壁にもたれ掛かった
医者の話だと頭部を強打しているので 今夜が山だと言われ
神山龍巳は部屋着で来ている事を思い出し一旦自宅に戻った
マンションに戻り着替えを済ませ軽く食事をとり病院へ向かった
集中治療室前では 母親が泣き崩れ 床に伏せていた
「どうされましたか」
神山が母親に聞くと 嗚咽をしながら
「たった今 天国にいきました 神山さんごめんなさい」
その一言をいうと 床に伏せ泣き止まなかった
由紀枝が天国にいった時間はちょうど13時だった
神山龍巳は信じられない気持ちで一杯だった
どうして 一人で天国にいったんだ
なぜタクシーになんかに乗ったんだ
どうして名古屋駅に行かなかったんだ
その場を動けなかった神山龍巳だった
時間だけが過ぎ あたりが夕暮れになる頃にようやく
喉が渇いていることに気が付き 自販機でジュースを飲んだ
「うん わたし だいじょ・う・ぶ、、、」
数時間前に聞いた由紀枝の声が何回も繰り返し頭の中で呟いていた
今でも事故当日の由紀枝の顔と言葉が鮮明に残っている
ワインが残り少なくなると 楽しかった時と同じ風が吹いてきて
桜の花びらが夕焼けの空に舞っていた
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