2012年4月23日月曜日

出会い 2 - 2 Vol. 3



筒井はテラスに出ると 外の空気を思い切り吸った
テラスが西向きにあるので 朝日は見る事が出来ないが
日が沈む光景は独り占めできそうだった

「部長 全て確認しました 予定通り全ての器具が使えます」
「うん ありがとう」 
「佐藤さん ありがとうございます」
「いえいえ こちらこそ ありがとうございます
そうそう 先ほど内藤から電話がありまして OKですよ
それで 今日中にお店と本社でつめを行うそうです」
「早いですね 助かった」
「そうですね そうしたら 現場も直ぐに入って貰えますね」
「ええ 助かりますよ」
「うちも助かりますよ なにしろ山ちゃんだったら 任せられる」
「本当ですね 鈴やじゃ勿体無いですね」
「ええ 独立したら うちのライバルになりますよ」
「そんなに腕が立つんですか」
「ええ 上野の時にはあまりみなさんが気が付かないだけで ええ」
「はぁー 良かったですね 仲間で」
「そうですよ 良かったです」
「では 私は先に下で契約書を製作します」
「そうですか では終わったらエントランスでお待ちしますよ」
「はい お願いします」
筒井は佐藤にそういうと1階の管理人室で 賃貸借契約書の作成と
入居に関する手続きを行った
本来 不動産屋に行かなければならないが オーナー管理人で
不動産業も行っているので 自宅で業務が出来る

筒井はカードキーを渡されると管理人に
「暗証番号は 先日伺いました 6桁の番号にしてあります
お帰りの時に試してください お願いします」
筒井と管理人が待ち会いで話していると 佐藤が降りてきて
備品類の搬入日時や養生の話を詰めた

佐藤の話だと4日のお昼までに備品類の搬入を終えて
夕方までに配線など全て終わるという
神山の入居は5日の日曜日にはOKだという               
「佐藤さん そうしたら5日に入居してもらいましょう」
「それがいいでしょ そうだ5日の入居の時 横浜から荷物を
持ってこないといけないでしょ だから、、、
横浜店を差し向けて荷物を運びますよ」
「そうですね ありがとうございます」
「いえいえ 備品類が横浜に届くのがあるので 何回も運ぶより
一回で済みますからね」
「そうですね 何が来るんですか」
「ええ 大きなテーブルですよ ほら図面を開くでしょ
机が小さいとどうしょうもないでしょ だから大きいですよ」
「なるほど」
「後は大型のモニターも来ますよ」
「へぇー なにに使うんですか」
「ええ パソコンの画面だと小さいでしょ だからモニターで
見ながら説明できるし便利ですよ TVもつなげられるし」
「へぇー いいですね 山ちゃんに期待しましょう」
筒井と佐藤はエントランスで握手をして別れた


「翔 そろそろお昼しよう」
「ごちでーす」
「なんだよ いつもじゃないか 倉さんはどうされますか」
「おう 俺は用事がある 二人で呑んでこいや」
「翔 お許しが出たぞ」
「部長 ありがとうございます では行ってきます」
「倉さん 僕はこのまま帰ります」
「おう そうだな お疲れー」
神山と翔は催事課の部屋を出ると 
「翔 なぜ聞いたんだよ」
「何をですか?」
「昨夜の事だよ もう少し様子を見てから聞こうと思ったのに」
「そうですね 反省しています ごめんなさい」
「多分 二人には内緒で何か動いているな」
「そうですよね あの返事の仕方って 可笑しかった」
「だろう 可笑しいよ なにか隠しているな」
「先輩 何食べますか?」
「翔は何食べる?」
「久しぶりにしゃぶしゃぶなんか食べたいなー」
「また しゃぶしゃぶかよー この間食べたばかりだろ もう」
二人は楽しそうに話しながら 銀座通りを歩いた


一方 催事課では奥村が倉元を会議室に呼んだ
「倉さん 基本OKですよ」
「おう 店長もOKだった」
「それで 今日中に東京の意見を名古屋に話をして
結果は今夜出るそうです 多分OKだと言われていました」
「良かったな」
「ええ でも みんなに話すタイミングが」
「本人が居てもいいじゃないか」
「そうですね」
「そうしたら 明日午前中に返事が貰えるんだな」
「ええ 秘書室から呼び出しがあるそうです」
「タイミングとしては 夜だな そのまま何処かに流れてもいいし」
「そうですね そうしましょう
そうそう 先ほど 筒井さんから電話があって 
入居は5日で OKですって それで横浜から荷物を運ぶのは
アルタが運ぶ段取りをしているそうです」
「なるほど 備品は横浜から入れるんだな
だとすると 5日は休ませて そちらに専念した方がいいな」
「そうですね 荷物といっても緊急なので とりあえずは
ここ当分の着替えで済むでしょ 備品類は結構揃えるそうですよ」
「羨ましいな」
「でも 事務所件住居ですからねー 落ち着けるといいですね」
「そうだな 落ち着いたら 御呼ばれしよう」
「そうですね」


「じゃあ 翔 しっかりとがんばれよ」
「はい 先輩 ごちそうさまでした」
「うん じゃあな」
神山は杉田と別れると有楽町駅まで歩き東京駅に向かった
東京駅に着いた神山は発車まじかの電車を見送り
キオスクでビールを買って次に発車する電車に乗り込んだ       
神山はしゃぶしゃぶ屋でもビールにワインも呑んでいて
相当気持ちがよくなり ビールを呑むと発車前に寝てしまった

「お客さん 終点ですよ お客さん」
神山は眠たい目をこすり
「終点? えっ終点ですか?」
「ええ 終点です 降りてください」
「どこですか?」
「伊東です」
「伊東?」
神山は熱海を通り過ぎ 伊東まで乗り越しをしてしまった
東京駅発伊東駅終点の電車は2時間に1本しかない電車だ
その電車に乗車した事は 不幸中の幸いだった
もっともお昼の時間帯は 小田原や熱海が終点になっている

神山は電車を降りると ベンチに座り考えた
このまま横浜に帰っても何も出来ないし さあどうするかと
(そうだ ネコのところに泊まろう しかし予約しないと、、、)
会社の寮は原則 福利厚生課へ事前に申し込みをしないと
いけない事になっている しかし友人という事でどうか、、、
暫く考え 熱海の寮に電話をした
「やあ 山ちゃん 昨夜はありがとう 早速どうしたの」
「ははは 今さ伊東にいるんだ 今夜泊めてくれる?」
「ああ 来いよ 手ぶらで来いよ」
「分かった 伊東からだと45分くらいだね」
「うん そんなモンで大丈夫だよ でもどうして?」
「うん 寝過ごした」
「ははは またいつもの癖が出たね」
「ああ お昼に呑み過ぎた」
「いいよ 今日は泊りが無いからいいよ ただ料理は期待するなよ」
「分かったよ ありがとう」

神山は上り電車の時刻を調べてベンチに座った
暫く待つと入線した電車に乗り熱海駅で降りると
酒屋へ行き日本酒やビールを買い求め 寮に向かった
寮は駅から歩いて5分ほどの小高い山の上にあった
階段を上るとようやく寮の入り口がみえ 呼び鈴を押すと
玄関の中から女性の声が聞こえてきた
「どちらさまですか?」
「銀座店の神山です」
扉が開くと そこには昔のまんまの亜紀ちゃんがいた
「わぁー 神山さん いらしゃい」
「おー 久しぶり 元気そうだね 昔のままだ」
玄関で話していると 奥から義男が現れて
「ようやく来たな まあ上がれよ」
「うん 失礼するよ 赤ちゃんは?」
「先ほどから 昼寝をしているよ 見てみる?可愛いぞ」
義男は顔を崩し 子供を早く神山に見せたかった
奥の座敷にはいると 2台のベビーベッドに赤ちゃんが寝ていた
「しかし 大変だな 2人とも小さいと」
「でも 楽しいもんだよ 年子だから 双子のようさ
片方が泣くともう片方も一緒になって泣くし 不思議だな」
「そうか ふーん」

座敷を離れると 金子が
「こっちの座敷を使おう こいよ」
金子が案内したのは 寮として食事の時に使う座敷で
50人くらいが入れる 大広間だった
ここは障子を開けると 熱海の海が見渡せる最高の場所だった
金子は 障子を全部解放し ガラス窓をあけた
「わぁー 気持ちがいいなー」
「そうだろ 眺めも最高だし 申し分ないよ」
「ははは 浦和とは環境が全然違うな」
「うん 空気がいいから 子供達も喜ぶよ きっと」
「そうだ これ持って来た」
神山は日本酒2本とビール1ケースを差し出した
「手ぶらで言いといったのに」
「ははは 俺が呑む分だよ」
「酒やビールは 倉庫に腐るほどあるよ 心配するな」
「そうか そうだよな 次から持ってこないよ ははは」
二人は神山が用意したビールを呑み寛いだ

「まあ 早いのね もう呑んでいるの よっちゃん」
二人が呑んでいるところへ亜紀がお茶を持って来た     
「ははは 今日は開店休業だ 設備関係の仕事はないし」
「そうか 今度は自分で点検までしないといけないんだよな」
「まあね しかし 前の人が素人だったから ここに来る前に
工事屋に全て点検させて 修繕は済んでいるんだ
だから安心は安心だよ 新品まではいかないがな」
「ねえ 神山さんに温泉に入って頂いたらどう」
「そうだな 山ちゃん 温泉にはいってこいや」
「そうするか」
「じゃあ 今夜の部屋を案内するよ」
金子の案内で 今夜寝る部屋に通された
部屋に入り 金子が障子を開けると先ほどと同じ風景だった
「一つ上だけ 見晴らしがいいと思うよ」
「ありがとう いい眺めだな」
「風呂は知っているよな」
「うん 一番下で 廊下を曲がったところだろ」
「今日は女風呂に入ってもいいぞ」
「ははは 時効だろ」
「温泉も入っていないし 何も無いよ よかったらどうぞ」

神山は タオルを借り温泉に入った
ここの温泉は天然温泉で源泉を引いていて 温泉効果も充分だった
この浴室は源泉を引く関係から海側とは反対側の位置にあり
マドをあけても 山肌の斜面しか見る事が出来なかった
もう少しお金をかければ 海側に温泉を持ってくることが出来たと
業者が話していた

結構大きい浴槽で 20人くらいは充分に入れる広さだった
一人で入っている気分は贅沢をしているようで 気持ちよかったが
少し汗が流れてきて 長湯は出来なかった
神山は脱衣所で扇風機を回し涼んでから浴衣に着替えた
部屋に戻ると 座卓にメモが置いてあり読んでみると
「山ちゃん 食堂で待っている ネコ」
一瞬 食堂?と思ったが 先ほどの座敷の事と思い出し
タオル片手に 食堂に入ると金子が手招きした
「どうでしたか 長旅の疲れはとれた?」
「気持ちよかったよ」
「こんな時間だから 余り料理が無いけれど 呑もうよ」
金子は神山が温泉に入っている間に 亜紀と一緒に料理を作った
「わぁー ごちそうだね ありがとう」
「かあちゃんは子供が寝てから お付き合いできるよ」
「そうだよな まあ無理しないでいいよ 顔見ただけでも嬉しいよ」
「綺麗だろ 今でも」
神山は正直綺麗と思ったので頷いた

「ごめんなさい 遅くなって 子供が寝ました」
「いいよ亜紀ちゃん さあビール」
「すみません 神山さん 先ほど電話が鳴りっぱなしで
それで起きちゃったんです」
「いいですよ そんな 一緒に寝ていても」
「そうそう それでね その電話ですが よっちゃんから話して」
「うん 明日ね 上野の電気とサービス課合同の花見があるんだ
それで 俺と山ちゃんが誘われた訳さ
俺は勿論断ったけれど 山ちゃんは近いから是非参加して欲しい
って その電話だったんだ」
「えっ なぜここにいるのが分かったんだろう」
「ははは 俺が教えたのさ 銀座店に電話をしたら
もう帰りましたと言われ 自宅に架けても居ないし
携帯に架けても出ないので どうしましょうって悩んでいたから
ははは 今 来ているよって教えちゃった まずかった?」
「ううん いいけど携帯かぁー 寝ていたから分からないな」
「ははは それで起きていたら 横浜だよ」
「そうだ その通り」
「じゃあ 山ちゃん サービス課の可愛い子ちゃんが一杯来るけど
肌着だけでも着替えたほうが いいんじゃないか」
「そうよ 何があるか分からないわ」
神山は金子と亜紀の二人に言われると その気になって
「じゃあ 駅前のデパートで買うか」
「山ちゃん 買うんだったら 下の外商で買ってあげたら」
「えっ 外商で買えるんだ」
「今はお得意さんの関係で 肌着からスーツまで販売しているよ
それに社員割引できるし そうだジャケットもいいのがあるよ」

神山と金子は呑むのを一時中断して 熱海外商部の売店に入った
「おや 珍しい山ちゃん どうしたのその格好は」                 
迎えてくれたのは 売店長の高野肇で上野店のとき良く呑んだ
仲間だった 年は神山より4つ上だが話がよくあった
高野も2年前の人事異動で熱海にきたが住まいは
二ノ宮のままで毎日 熱海まで通勤している

「ええ 乗り越しで伊東まで旅行しました」
「またやったんだ さては犯人はネコちゃんだ どうだ」
「ははは 当たりです」
「で どうしたの 浴衣半纏姿できてさ」
「ええ 明日お見合いがあるんですよ それでここで買おうかと
下着からシャツまで」
「えっ お見合い、、、山ちゃんが、、、」
「高野さん 冗談ですよ 山ちゃん 明日花見があるんです
それでサービス課が来るんですよ なので今日着たものだと
何があるか分からないから せめて肌着は着替えようって」
「なんだ 驚かさないでよ そうか でもLL判は種類が
そんなにないんだよ」
「大丈夫ですよ L判でも 多少窮屈でも」
「スーツはないんだな ジャケットの素敵なのがあるよ
少しおしゃれなシャツと一緒にいれたんだ」

神山はシャツやジャケットを試着しちょうど良かったので買い
肌着類も購入し 決済はすべて社員カードを使った

金子は帰り際に高野を誘うが 家庭の事情で断られた
神山は寮に戻ると金子の勧めで 今日着たものをダンボールに
詰め込み 宅配便で自宅に届くよう手配した
食堂に戻り ひと段落すると亜紀がやってきて
「今夜のおかずはどうしますか よっちゃん?」
「おかずって言ってもなぁー」
「ははは いいですよ これだけあれば充分です」
「まあ 神山さんって優しいのね 昔と変わらないですね」
「おいおい 確か上の子がお腹の時に合っているじゃん
そんなおじさんにしないでよ まだ若いつもりだし」
「今年 幾つ?」
「42ですよ ネコと同い年 これも忘れたの? 困ったな~」
みんなで大笑いした
「そうしたら私 干物の美味しいのを買ってきますね」

そう言って亜紀は席を外した
二人きりになると 神山は催事課で起きている事を話始めた
金子も呑みながら話を聞いてくれた
「山ちゃん 管財の西野理事が動くって事は 人事だよ
うん 間違いないよ だから山ちゃんか杉田君か
或いは人間が増えるかだろう それしかないな 考えると」
「やはり 人事異動か ひょっとして9等級か俺」
「ははは それはないな だったら理事は動かないよ
でも気になるな 理事とアルタはツウツウだからな」
金子は機械担当だったが社内外事情に精通していて 
人事移動もだいたい予想が当たっていた

二人は考えながら杯を進めていくと金子が
「山ちゃん 御殿場のアウトレットは知っているよな」
「うん その事も考えた しかし来年の秋以降に着工だろ
そうすると この時期に動く理由はないしな
例え 俺が営繕に戻るとしても 時期が変だよ」
「しかし アルタは横浜が大変で人手不足なんだ
特に山ちゃんクラスが そこで山ちゃんの力を貸して欲しい
だってデザインが出来て現場は見れて精算が出来てって
上野と銀座を見ても誰も居ないぞ 山ちゃんだけだ」
「そうかなー」
「きっと出向だよ 今 横浜が急ピッチで進んでいるだろ
アルタではネコの手も借りたいくらいだ
そこで ニーナ・ニーナの仕事は山ちゃんに任せる」
「そうかなー でもニーナ・ニーナの仕事って言っても 来年秋だろ」
「だから今から手を打つわけさ 急に話をしても纏まらないだろ
この秋とかに出向出来るように 人事が終わったこの時期に
理事のところに話に行ったんだよ」
神山はまだ信じられないと思っていた
何しろ昨日の今日で それに倉元のワザとらしい返事が気になった

二人の沈黙は続いたが 突然赤ちゃんの鳴き声で沈黙は裂かれた
「山ちゃん 一緒に手伝ってくれ」
「あいよ」                                                   
二人は駆け足で 赤ん坊が寝ている座敷に行くと
赤ん坊を抱き上げて ゆすっているとぴたっと泣きやんだ
「山ちゃん 上手だね 泣きやんだよ」
「ははは 俺に恋しているんだよ」
「そうだな ははは」
二人はそのまま赤ん坊を抱いたまま 食堂に戻り再び呑んだ

暫くすると亜紀が買い物から戻ってきて 食堂の二人を見て
クスクスと笑いながら 干物やおかずの調理を始めた

すっかり夜になるとマドからは少し冷たい風が入ってきて
それがお酒を呑んでいる二人には心地よかった
海の向こうに伊豆半島が見えて 右側には旅館やホテルの
照明が海面に反射してとても綺麗な光景だった

神山と金子は24時頃まで呑んで 金子が
「山ちゃん そろそろ寝ようか」
と言わなければ 延々と呑んでいただろう

「明日は8時頃でいいかな?」
「うん 充分に間に合うよ」
「こだまで出勤したらどう 45分で東京駅だぞ」
「ははは それも楽しいね そうしようかな」
「うん 朝ゆっくり出来るでしょ」
「わかった じゃあそうするわ」
「じゃあ お休み」
「うん もう一回温泉に入って寝ます お休み」

神山は温泉でもう一度汗を流して床に就いた





次回は4月28日掲載です
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