2012年8月21日火曜日

若葉 6 - 13



13日 月曜日
時間を忘れ仕事をまとめていると電話が鳴った
「はい 神山ですが」
「山ちゃん 高橋です おはようです」
「どうも まだ時間あるよね」
「うん 実は昨日の写真だけど OKでした」
「どうしたの まだ11時だよ そんなに急いでいたの」
「そう 9時前から打ち合わせで大変だったみたい」
「ふ~ん よかったじゃない 仕事が取れて」
「ほんと 山ちゃんさまさまですよ 本当に」
「それで 御殿場のカメラ代だけど、、、」
「うん いくらになりましたか?」
「合計で48万円です」
「随分と揃えましたね」
「うん この際だから 彼女に選んでもらった」
「了解です お昼に渡しますよ 領収書を忘れないでね」
「うん 了解 それでは12時に」
「お願いします」
電話を切るとすぐに電話が鳴った
「私です」
祥子からだった
「どうしたの?何かあった?」
「やはり 12時には間に合いそうに無いの 大丈夫かしら」
「うん 筒井さんがいるから大丈夫だと思うよ」
「ごめんなさい 少し前に筒井に電話しておきましたが、、、」
「そんなに急がなくても大丈夫だよ 銀座をしっかりみてね」
「ありがとう でも心配だわ」
「何時頃来られるの?」
「やはり30分くらい遅れるわ」
「それだったら全然問題ないよ 大丈夫さ」
「分りました 出来るだけ早く行きます」
祥子は現場で大切な儀式なのに自分が居ない事に憤りを感じていた
電話の口調で感じてはいたが神山はそれ以上言えなかった
銀座店の仕事と上原の仕事をまとめ現場に行くとアルタの高橋と
ニーナ・ニーナの筒井が先に来ていた
「山ちゃん 凄いね 高橋君が大喜びじゃないか」
「そんな でも筒井さんも大変ですね」
筒井と神山はショップの中に入ったが
話題は神山の仕事振りに集中した
アルタの高橋も神山に随分と助けられていたので
「筒井さんもいい人を見つけましたね 山ちゃんは最高ですよ」
「そうだよね 実際ここまで実力を見せ付けられると驚くばかりだよ」
「そんな事無いですよ パートナーが美しいからやる気がでますよ」
「おいおい 山ちゃん ほんと?」
「なんだよ 孝ちゃんだって美しいって言っていただろ」
「まあまあ 久保君も喜ぶよ 二人から言われたら」
結局3人は祥子が到着するまで現場の話は出なかった

筒井が時計に目をやったときにタクシーがショップの前に止まった
祥子が皆に謝りながら車から降りてきた
「どうも済みません 遅くなりました」
「お疲れ様 銀座は大丈夫だね」
「ええ 大丈夫です」
「すみませんね お忙しい時間にお呼びたてをしまして」
「いえ 何時もの事ですから 慣れていますよ」
祥子が揃ったところで現場の最終確認が始まった
アルタの高橋が説明をして部下の内野や田中が補足の説明や
床材などサンプルを筒井に分るように設置した
説明は順調に進み筒井のクレームが無いくらい完璧だった
詳細はやはり神山が説明して筒井を納得させた
「充分分りました 後は出来上がりを待つだけだね」
「そうですね 現場は僕もちょくちょく覗きますよ」
「うん お願いしますね 久保君も頼むよ」
「はい 分りました ありがとうございます」
現場の最終確認が無事終った喜びか祥子は筒井にお辞儀した
「それで高橋さん 引渡しはいつになるかな?」
「最終日程は おって筒井さんにご連絡します」
「お願いしますね」
「ええ 今の予定で行けば4月25日の土曜日を見ていますが」
「えっ 半月以上も早くなるの? ほんと 嬉しいよ」
「ええ 什器はもう製作していますし 出来るだけの事はしています」
「どうもありがとう 山ちゃん ありがとう 凄いね」
「では 最終確認も無事終了という事で
お昼の席をもうけていますので どうぞごゆっくりしてください」
高橋が内野や田中を呼びお連れするように命じた
「筒井さん 山ちゃんと詰めをしますので先にお願いできますか」
「うん分ったよ では久保君 先に行きましょう」
皆がショップから出た後で
「はい これは社長から そしてこちらはカメラ代」
茶封筒を受け取った神山はその厚さに驚いた
「どうしたの こんなに」
「いいの 社長上機嫌だよ ほんと 僕らも大入り袋を貰った」
「よかったね では頂きます そうそうこれが領収書です」
「いよいよカメラマン誕生ですね」
「そんなこと無いよ」
「アウトレットのプリントがあったけど あれは誰が撮影したの?」
「あの写真は僕が撮影した」
「ほんと? あの写真がプレゼンで効いたよ」
「えっほんと 良かったね」
神山と高橋は筒井たちが向かった駅前の寿司屋に行った
店に入ると筒井の隣に祥子が座って反対側に
アルタの内野と田中が座っていた
神山は祥子の隣に座り高橋は内野と田中の間に入った
すでにビールがきていて田中と内野が皆にビールを注いだ
祥子にビールが注がれ高橋が
「それでは 今日はお忙しいところをありがとうございます
筒井さん 久保さん そして神山さん ありがとうございます
先ほどの最終確認で工事はスタートします
こんなに早く進められる事も皆様のお陰です
アルタからの気持ちです どうぞごゆっくりしてください
それでは 工事の無事を祈願して 乾杯」
高橋の音頭で皆乾杯をした
乾杯を合図に鮮魚の活き作りなどがテーブルに並べられた
思い思いに箸が進むなかで筒井が神山に話し掛けてきた
「今日のご予定はどうなっていますか?」
「これから銀座の店に行き それからは何も決まっていませんが」
「そうしたら今夜時間を作ってくれないか?」
「ええ いいですよ 連絡を待っています」
「うん 頼む 5時くらいまでには連絡をするよ」
神山たちは握り寿司を食べ『儀式』を終了した
祥子に
「先ほどの件で 少し遅くなります 先に済ませてください」
「何言っているの 私も同席よ」
「はあ?」
「だから 帰りは一緒ですよ」
「なんなの」
「今度はニーナ・ニーナが鈴やさんをご招待するのよ」
「はあ 大変だね」
「仕事が早く進んでいるので筒井も上機嫌なの」
「なるほど ありがとうです そうすると僕一人ではない訳だね」
「そうね 催事課の人と店長さんもお呼びする予定だって」
「えっ 店長まで」
「しかし 突然なのでスケジュールがまだ決まらないと言っていたわ」
二人が話していると背後から筒井が
「そうなんだよ 突然で失礼したよ
しかし完成の時には参加してもらうよ」
「そうですね オープンの時は参加してもらいましょう」
「久保君 それでは僕は先に会社に戻るよ」
筒井はアルタの高橋らとタクシーで会社に戻った
「これからどうするの」
「私は このまま会社に戻って今夜の準備です」
時計を見た神山はまだ時間があるので
「そうしたら 少し散歩しながら行こうか」
「ええ 気持ちがいいですね 久しぶり」
静まりかえった高級住宅街を腕を組んで歩いた
話題は御殿場アウトレットの話が中心だった
後楽園ドームがいくつ入るか分らない広大な敷地の事や
会場に入る店舗の話しなどで盛り上がった

丘を下りきると少し歩けば渋谷だったが
神山はタクシーを止めて祥子と乗った
運転手に青山3丁目を経由して銀座を告げると窓を開けた
4月らしい気持ちのいい爽やかな風が入ってきた
タクシーが信号で止まると 初夏の装いを楽しんでいる人で溢れ
横断歩道を歩く白のTシャツが眩しく映える季節になってきた
祥子の本社ビルがある青山3丁目には直ぐについた 
「それではお先に失礼します 今夜ね」
祥子を降ろすと銀座に向かった
事務所に着くと3時を少し廻っていた
「おはようございます お疲れ様でした」
部屋に入るなり入り口で由香里が挨拶をしてきた
「そちらこそ お疲れ様」
神山は自分の席に向かった時 奥村課長が席を立ってきて
「山ちゃん お疲れ様 しかし凄いね 写真の腕前」
「えっ」
「もう筒井さんから情報が入っているんだ」
「ああ アルタの件ですね 別件のプレゼン」
「そう アルタの社長からも先ほど連絡が入ったよ」
「いゃ~ そんあ大げさな事をしたつもりはないですよ」
店内から戻ってきた倉元が
「おう 山ちゃん凄い事したな 喜んでいたぞ 内藤社長」
「そうですか 僕のところには社長から何もないですけどね」
「まあ その内にくるさ」
3人で話していると杉田も出先から戻ってきて神山に
「部長 おめでとうございます 凄いですね」
「やあ 翔まで何言っているんだよ なんでもないよ」
「いいえ ちゃんと情報は入っていますよ」
神山はアルタからどこの会社でプレゼンを行ったか
聞いていなかったし
それにあの会場だからそんなに大きな仕事ではないと思っていた
皆に誉められ悪い気はしなかったが 
もやもやした物が心につかえた
机の上には申請書類が2つの山にきちんと整理され置かれてあり
右の山にある書類をよく見てみると
【チェック済み 翔】とサインされ
もう一方の書類は売場から来たそのままになっていた
伝言もいくつかあるが杉田が対応した物は
同じようにサインされていた
神山はチェック済みの書類に目を通したが漏れは無かった
まだ杉田のサインが無い書類を見てみると
緊急の仕事は殆ど無かったが 
神山自身が発注をしなければいけない仕事だった
「翔 ありがとう よくこんなにこなしたな」
隣に座っている杉田を誉めた
「そんな事はないですよ 分る範囲で発注しています」
「それに こちらの書類に サインをしてくれて 分りやすいよ」
「それはですね 僕のアイデアではなく 由香里姫の案です」
「そうか 由香里姫の、、、」
「ええ ですから 斉藤さんを誉めてください」
神山は由香里が席に居ることを確認し その場で大きな声で
「由香里姫 書類ありがとう」
「いいえ どういたしまして」
由香里がそこそこの声で返事をしてきた
やり取りを聞いていた倉元が
「山ちゃん 由香里姫がこのごろ山ちゃんの為にと大変だぞ」
「えっ そんなに でもありがたいですね」
「おう 大切にしてやれよ」
「はい 分りました」

神山はまだ手の付けたれていない書類に目をやり
発注内容を確認し杉田に任せられる内容は任せた
それでも自分が直接取引業者と対応しなければいけない仕事は
何件か有ったが杉田に予算表を見せながら説明をした
「結局のところこの予算の範囲内で仕事をこなす訳だから
いつも数字を頭の中に入れて仕事をすれば悩まないで済むよ」
「まあそうですが 頭では分っているんですが なかなか、、、」
そこに由香里がコーヒーを持ってきてくれた
「どうも ありがとう」
「ねっ 言われたでしょ しっかりしなさい 
翔くん もうオーバーは絶対にだめよ」
「どうした 何かオーバーしたか?」
「ええ 先週のファッションですが、、、」
「ああ 僕の分で任せた仕事か」
「ええ 20万円ほど出てしまったんですよ 済みません」
「だって あのイベントはそんなに掛からないようにしたのに」
「ええ 自分のフロアの分と神山さんの分を足してまだ
予算内だったものですから 植木を新規にリースをしたんですよ」
「そうか それでオーバーか 仕方ないな」
「済みません それでオーバーした分を皆さんで
負担してもらったんです」
「これからは倉元さんにちゃんと相談するのよ わかった翔君」
「だけど 売場は喜んだだろう」
「ええ 大変喜んでいました」
「あの話は最初植木を入れる約束だったんだよ 
ところが 予算を見てみると とても入れられなかったから
売場にはしぶしぶ断った経緯があるんだよ」
「そうだったんですか 済みません」
「まあ 仕方ないね 今後は連絡をくれよ 頼んだよ」
「はい 分りました」
杉田に注意をしてコーヒーを飲んでいると奥村課長が呼んだ
「山ちゃん アルタの内藤社長から電話です」
「はい 何番ですか」
「3番です」
神山は外線の3番ボタンを押すと
「アルタの内藤です 今回はありがとうございます」
「神山です 社長 お久しぶりです
それと先ほど高橋さんから頂きました ありがとうございます」
「とんでもないですよ こちらこそ ありがとうございます」
「いえいえ それで、、、」
「実は今度の水曜日ですが 朝早く御殿場で仕事が入ったんですよ」
「今度の水曜日は定休日で休みですが、、、何時ですか」
「10時にホテルの仕事です」
「しかし 社長の所にもデザイナーさんがいらっしゃるでしょ」
「ええ しかし椿オーナーが神山さんに是非きてくださいとの
お願いなんですよ なんとかお願いします」
「はあ 椿オーナーが、、、」
「ええ 何とかなりませんか?」
「しかし 上原があるし、、、困りましたね」
「上原は高橋に任せ ひとつお願いできませんか」

神山は内藤の願いを聞き入れる事にした
アルタは明日から上原の現場に入り 
床や天井の墨だしを行う予定になっていた
墨だしのチェックを行う予定だったが 水曜日に出来ないので
火曜日の夜に行いその足で横浜支店長の
田代 純一と御殿場に入る事になった
神山は銀座で仕事を終えた後 上原で高橋 田代と合う約束をした
「では 椿オーナーには私から伝えておきます」
「ええ しかし参りましたね 嬉しい悲鳴ですね」
「では 明日の夜 上原でお待ちしています」
神山は電話を切ると奥村課長に御殿場行きの事を伝えた
アルタの内藤社長から経緯を聞いていたので 余り驚かなかったが
「しかし 山ちゃん 今回は出張扱いにはならないよ」
「そうですね しかし困ったな、、、」
「そうしたら 今回はあきらめてもらって休みを先送りでどう?」
「そんな 本当に休みをいただけるのですか?」
「うん 山ちゃんが売れっ子だからしかたないでしょ」
「また~ でもお願いしますよ 本当に」
「分った では御殿場の仕事を頑張ってな」
「ええ しかしなんで椿オーナーが僕を呼ぶのだろう」
「多分 気に入られたからだよ 先ほど内藤社長が言っていた」
アルタの内藤は ゴテンバ グランド イン オーナー椿の事を
気に入った人間にしか話をしないということを言っていた
アルタにしても仕事の関係だけではなく 人間関係を
広くしていこうと考えていた
内藤は自身との話だけではなく 斬新なアイデアの持ち主である
神山との接点を好んだ椿に対し アルタではなく神山を前面に
押し出し渉外対策で動いてもらおうと考えた
勿論 奥村には納得をしてもらわなければ出来ない事だが
奥村にも鈴やののれんと自身の高名を考えていた
お互いの損得勘定がマイナスでない事を確認して政策は動いた
神山は席に戻ると杉田に明晩の予定を話して
「頼むぞ 翔」
「分りました しかし人気者は辛いですね」
「何言っているのだ 自分も直ぐになるさ」
神山は杉田を励まし 自分の仕事に集中し
明晩の入れ替え作業の手順などを各業者と確認した
由香里が明日の残業届けを人事課に出しに行くので
「これから人事課に行きますが 他に御用はありませんか?」
課員が待っていましたとばかり 雑用までを由香里に任せる中
「そしたら僕も店内に用があるから行こうか」
神山は由香里と一緒に部屋を出た
人事課は別棟にあるのでエレベーターで一緒に1階に下がった時に
「由香里 これ昨日借りた分 返すよ ありがとう」
「いいのに こんなに早く返されると使っちゃうわ」
しかし由香里は15万円を喜んで受け取ると神山にお辞儀をした
「由香里 今夜の件は知っているよね」
「ええ ニーナ・ニーナのご招待でしょ 知っているわよ」
「場所を聞いた?」
「ええ 先ほど筒井さんから連絡があったわよ」
「どこ?」
「なんでも青山で ニーナ・ニーナの近くと言っていたわ」
「何時といっていましたか?」
「7時に現地ですって」
「7時か そうすると6時30分には出ないといけないな」
「そうね」
「それでこちらからの出席者は?」
「奥村さんと倉元さんでしょ それからあなたと私の4人よ」
「そうすると 翔と市川は留守番か」
ええ だけど課長は店が終ってから来なさいと言っていましたよ」 
神山は杉田に頼んだ仕事の打ち合わせが長引く事を知っていた
話をしていると人事課がはいっている棟に着き別れた
神山は店内の屋上に行き日本庭園の長いすに座りタバコを吸った
今回の人事で頑張ってくれているのは 倉元さんは別格として
部下である杉田 翔の頑張りも見逃せないと思っていた
近いうちに杉田にこのお礼をしようと考えた

神山は杉田の事を考えまとめると 亜矢子に電話をした
「はい 私です 嬉しいわ こんなに早くお電話をいただけるなんて」
「済みません 忙しいところを」 
「そんな事はないですよ」
「ところで 明日の晩ですが ホテルに伺います」
「はい 先ほどオーナーから伺いました」
「早いですね」
「済みません 我侭言って」
「しかし 夜遅くなります アルタの人と一緒です」 
「ええ お夜食もご用意させて頂きます」
「凄いですね」
「ねぇ 次の日ですが 打ち合わせの後はどうされますか?」
「うん 何もないから帰宅しますが、、、」
「私は お昼で上がります お会い出来ませんか?」 
「そうですか 嬉しいですよ 本当に」
「わぁ うれしいわ 待っていますね」
神山は詳細のスケジュールについては明日連絡する事にした
部屋に戻ると奥村が
「山ちゃん 知っていると思うが 今夜少し早めに出るよ」
「はい お任せします」
神山は奥村課長がサインを送ってきたので頷いた
席に座ると隣の杉田に
「近いうちに ごちそうするよ だから今夜の打ち合わせ頼むぞ」
「ごちです 頑張ります」
「うん 何かあったら 電話しなさい」
神山は時間まで精力的に仕事をこなし
杉田になるべく負担が掛からないよう打ち合わせなどを進めた
夢中に仕事をしタバコも忘れていると
「おう 山ちゃん そろそろ時間だぞ」
神山は時計を見てみると6時を少し廻っていた
「はい 直ぐに終ります」
まだ片付けなければいけない仕事が残っていたが諦めた
明日の夜の分は全て解決させたが 
来週分が残っていたので気になった
書類を整理していると アルタの田代から電話が入った
「田代です こんばんわ」 
「やあ 神山です 明日お願いしますね」
「いえ 本当にすみませんね」
「ところで 明日ですが、、、」
「ええ 明日の晩ですが銀座に伺いましょうか?」
「僕の方は構わないけど 田代さんは大丈夫?」
「横浜からだと 近いから平気ですよ」 
「そうか、、、 ではお願いしようかな」
「分りました そうしましたら出られる1時間前にお電話ください」
「うん 分りました そうします では明日」
神山はアルタの高橋と明日の晩の時間を決めた
部屋を出ようとした時に斉藤由香里が奥村課長と話してた
「課長 私少し躰の具合が良くないので 今回は辞退させてください」 
「うん 分った」
「どうしたの 由香里姫?」
「ちょっと来て」
由香里は二人だけで話せる場所を探し
「躰の具合がおかしいの あなたのせいよ」 
「そんな しかし残念だな 一緒に楽しく呑めたのに」
「だけど 皆一緒でしょ こんどお願いします」
「分ったよ よく似合うよ そのブレス」
由香里は左手にはめているブレスレットを目を細め眺めていた
「おう 山ちゃん 行くぞ」
「は~い 今行きます じゃあ今夜電話するね」
「はい 呑み過ぎないようにね いってらっしゃい」
「うん 分った 翔 何かあったら電話をくれ 頼んだよ」
「はい いってらっしゃい」

三人は部屋を出ると地下鉄に向かったが 神山が
「課長 車で行きましょうよ」
「しかし 出ないぞ」
「いいですよ 僕が出しますから」
「そうか そんなに入ったか」
「ええ ボーナスが2回来た感じですよ」
「そしたら ねぇ倉さん 乗りましょうね」
「おう その方が楽珍だしな しかし凄いな 俺にも分けろ」
「ええ 多分明日届くと思いますが 美味しい日本酒が、、、」
「そうか どこのだ?」
「ゴテンバ グランド インのオリジナル地酒です」
「そうか 楽しみだな なあ奥ちゃん」
「そうですね しかし羨ましいな」
晴海通りに出ると客待ちのタクシーが並んでいたので乗り込んだ
神山が前の席に座り 行き先を告げた
後ろの倉元と奥村は市川の事を話していたがあえて聞かなかった
(しかし 由香里はどうしたのだろうか)
(本当に体調が悪いのか それとも祥子の事を調べたのか、、、)
神山の本音では由香里と祥子が鉢合わせしない事を望んでいた
(しかし今夜はどうしたものかと考えていたが 助かった)
3人の女性の事を目をつぶって考えているいるうちに
青山3丁目に着いた

「お客さん 着きましたよ」
「ありがとう」
神山は運転手に起こされ車から降りた
招待された所はニーナ・ニーナの直ぐ傍にある
『イタリアンレストラン スパ』 だった
ここのスパは女性週刊誌やグルメ情報誌などではあまり
取り上げられてはいないが「通」が通うお店だった
イタリアで使用しているオリーブオイルを使用し味には定評があった
受付で名前を告げると奥のテーブルに案内された
すでに筒井と久保そして浜野は先に来ていてビールを呑んでいた
奥村が三人を見つけると挨拶をした
筒井達は立ち上がって お辞儀をした
「今日は お忙しいところをありがとうございます」
「いえいえ こちらこそありがとうございます」
「本当に鈴やさんにはお世話になります」
「そんな 筒井さんも我社員ではないですか」
「おう筒井ちゃん 元気か」
「倉さん いや倉元さん ありがとうございます 本当に」
「まあ 山ちゃんが はまり役立ったんだよ なあ山ちゃん」
「そんな 筒井さん ありがとうございます」
「今夜はささやかですが 楽しんでいってください」
奥村が代表して
「はい そのつもりで着ました」
皆が席に着くと まだテーブルには2人分の余裕があった
(もしかして由香里と市川の席かな 筒井さんに悪い事をしたな)
しかし 筒井は皆にビールを頼んだだけで料理は頼まなかった
筒井の隣に祥子が座りその隣に神山が座った
神山の隣り2席が空いたまま 軽いおつまみを食べる事になった
筒井が気を利かせて
「今夜は 特別な方を招いています それまで今暫くお待ちください」
神山は隣りの祥子に
「誰が来るの」
「ええ 何でもアルタの内藤社長ですって」
「えっ 内藤さんが、、、来るの?」
神山は内藤がこの席に来ることは想像できなかった
アルタがよほどニーナ・ニーナに力を入れている事が分った
そもそもここの主催はニーナ・ニーナであるのに対し
なぜアルタがここまで出てくるのか分らなかった
ニーナ・ニーナがアルタを招待するのは少なくとも
今の段階では不自然な行動だった
しかし神山は逆に内藤に合って聞いてみたかった

皆でビールを呑んでいると内藤夫妻が現れた
筒井が内藤の傍に出向き挨拶をした
神山も席を立ち軽く会釈をし
「内藤さん ご無沙汰です 色々とありがとうございます」
「いや 山ちゃん こちらこそありがとうございます」
簡単な挨拶を終えると筒井が
マスターに料理を運ぶように指示をし改めて乾杯した
ビールを一口呑んだ内藤が奥村に
「神山さんには本当に助かりました ありがとうございます」
「いえいえ こちらこそお役に立ててありがたいことです」
内藤が神山に
「明日の晩 田代と一緒に伺います」
「えっ 内藤さんが ご一緒?」
「そんなにびっくりしないで下さいよ 椿君とも久しぶりだし」
「そうですね 同期ですよね しかし、、、」
「大丈夫ですよ 家内と別の部屋ですから」
「奥様もご一緒ですか?」 
「ええ 久しぶりに4人でゴルフをしようと決まりましてね」
「そうすると打ち合わせは、、、」
「明晩させて頂き 翌日は山ちゃんが決めてください」
「えっ そんな そんな大事な事を任せられても、、、」
「先方には椿君が任せられる人をきちんと決めてあるみたいですよ」
「はい それでは明日お願いしますね」
神山は隣りの祥子や内藤 筒井と話しながら出てくる料理を食べた
イタリアワインが用意されると 
皆上品に呑んだが直ぐに2本目が用意された
料理といっても普段見慣れている物ばかりだが味が美味しかった
青山ではイタリア料理店が少なくないが
『イタリアンレストラン スパ』は
会社帰りの女性客でいつも満員になっていた
祥子達も利用する事があるが いつも予約をして食事をしていた
久しぶりの味に祥子も満足していた
祥子が席を立って化粧室に行った時に 神山は筒井に聞いた
「内藤さんがなぜここにいらっしゃるのですか」
「そうだね そろそろ種明かしをしましょうね」
筒井は祥子が戻ってくるのを待って皆に発表すると言った
祥子が席に戻ると筒井が
「さて 宴たけなわのところ皆様に発表させていただきます
今日 ここにアルタの内藤ご夫妻がおられますが
ここ『スパ』は奥様が内装デザインを最初にされた記念の店舗です」
内藤真奈美 旧姓 高田真奈美は結婚する前はアルタのデザイナーで
最初に手がけた店舗デザインがこの『スパ』だった

土曜日に筒井と内藤がゴルフをしたときに筒井が
「内藤さん 以前お聞きした時に青山で奥様がデザインされた
店舗があるとお聞きしましたが、、、」
「ええ 彼女がアルタで最初に手がけた店舗がありますよ それが」
「実は神山部長を慰労するのにいかがかと思いまして」
「そうですね いい考えですよ 
彼の実力は計り知れない物がある いいですよ」
「場所はどこですか」
「御社の直ぐ傍ですよ」
内藤は昼の食事時間を利用し場所や連絡先を筒井に教えた
「そうしたら 筒井さん 私たちも参加させて頂いていいですか」
「ええ 構いませんよ 皆 喜ぶでしょう」

筒井の紹介が終ると内藤が立ち上がり
「鈴やの皆様には大変感謝しています
今回の神山さんの件でもご協力を頂きまして ありがとうございます
そこで 少ないのですが奥村課長に私の気持ちをお渡しします」
内藤は奥村に合図をしこちらに来るよう言った
奥村は内藤の席にいき茶封筒を受け取った
「これを残業のときに使ってください」
奥村は 中にはビール券が入っている事を悟った
「ありがとうございます 使わせて頂きます」
「さて 山ちゃん」
「はい」
「山ちゃんには これをプレゼントするよ」
そう言うと 真奈美が立ち上がり神山に小さい箱を手渡した
「これ 私が選んだの 神山さんのために」
「えっ 奥様が、、、 なんですか」
「どうぞ 開けてください 喜んで頂ければ良いのですが」
神山は包装紙を丁寧にはがし あけてみるとロレックスが出てきた
「えっ こんな高い時計を頂けるなんて、、、」
筒井や祥子 奥村や倉元ら全員が驚いた
「ねえ 腕にはめてみて」
神山は真奈美に言われロレックスをはめてみた
少し緩めだったが バックルで調整しぴったりした
「本当に頂いていいのですか」
「もちろんだよ 今日のごほうびです」
「ところで 内藤さん 今日のプレゼンはどこだったんですか」
「まだ大きい声ではいえないけど アレックスグループです」
「えっ あのアレックスですか」
「そう 御殿場では専用館を建て展開します」
「へー そんなに規模が大きいのですか」
「ええ そんな訳でして 済みません うちの自慢話になりまして」
内藤は御殿場の話を切り上げたかった
しかし筒井はこの青年にどこにそんな交渉力があるのか知りたかった
神山より一つしか違わないのに会社の社長で
先代の母親から引き継いだ部下や取引先を上手に運営し
さらに自分の目で確かめた神山のような人材を適用し
会社を右肩上がりの業績を残している
筒井は財力だけではなく 内藤 一哉という人間の周りに
いい仕事が付いて来ているのだと思った  
筒井はしかしそれだけでこのパーティーに何故参加したのか聞いてみた
「筒井さん よく読まれましたね さすがです」
「ええ 先ほどから考えていたのですよ どうしてって」
「実は 今日この場所で僕が奥さんにプロポーズをしたのです」
「うわぁー それは大変だ いいのですか 皆一緒で、、、」
この告白を聞いて間に座っている神山や祥子 奥村と倉元は
一同驚き 皆拍手してお祝いをした
普段控えめな内藤が参加したいと言った時に
普段と違う感覚だったことがようやく分りすっきりした
祥子が神山に
「いいお話しね ねぇ 部長どの、、、」
「そうですね 温かくて気持ちがいいですね」
祥子が皆にわからないようテーブルの下で神山の手を握った
神山が祥子を振り向くと祥子はこちらの目を見ていた
神山が手を解き時計をはずそうとすると真奈美が
「今晩だけは そのままにしてください」
「はい でももったいないし、、、でもそうします」
最初は心配顔だった真奈美もほっとして笑顔になった
奥村や倉元は神山が頑張れば頑張るほど鈴やの
実力が上がり仕事にもいい影響が出ると考えていた
倉元は呑んでいる勢いもあって
「山ちゃん 次はロールスロイスでも頂きか」
「そんな~」
「そうですよ 倉元さん 私だって持っていないんですから」

皆で笑いながら食事をしていると時間が過ぎていた
筒井が貸しきりの予定時間を過ぎている事に気づき
「皆様 ご多忙の中お集まり頂きましてありがとうございます
今夜は内藤社長のご配慮で貸切にさせて頂きましたが
そろそろ と言うより時間を過ぎてしまいました
これにて閉会にさせていただきます
これからも 神山部長の応援をお願いし 〆をさせて頂きます
山ちゃんこれからも 頑張ってください それでは」
テーブルを囲み皆で一本〆を行った
神山は立ち上がって改めて 内藤夫妻に深々とお辞儀をした
筒井と祥子に向かって軽くお辞儀をし 同僚にもお辞儀をした
内藤真奈美が神山に
「神山さん ありがとうございます 先ほど地酒が届きました」
「こちらこそ 美味しかったものですから」
「私も大好きですよ あの地酒」
「良かったです 喜んで頂いて これ大切にします」
神山は腕のロレックスを真奈美に見せながら言った
店を出るときに筒井が
「山ちゃん これから2次会に行こうよ 倉さんも一緒だし」
神山は内藤から貰ったロレックスを見てみると22時を指していた
お酒は充分いけるが部屋に戻って仕事をこなさなければいけなかったし
銀座では杉田がまだ仕事をしていると思った
「しかし 今夜は部屋に戻って仕事をします」
「そうか 内藤さんも一緒だぞ」
「ええ しかし 銀座もあるし、、、」
「分った 頑張ってくれよ」
神山は皆にここで失礼する事を告げると祥子が寄って来て
「私 奥様とお付き合いするのでごめんなさい」
「いいよ 帰ったら電話を下さい」
「はい 分りました それでは頑張ってね」
神山は内藤夫妻らに深々とお辞儀をし皆と別れた
そばに止まっていたタクシーに乗り込み手を振ったが祥子だけを見ていた
祥子は後ろの方で小さく控えめに手を振って答えた
一人になるとアルタからどんどんと増える謝礼金に戸惑っていた
そんな事を考えていたが 睡魔が襲ってきて目をつぶってしまった





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